子ども兵の武装解除における国連の進捗状況

国連児童基金(UNICEF)は、20年以上にも渡る戦争によって荒廃した国、アフガニスタンで、8,000人以上の子供兵を動員解除させるための活動を続けている。
「現在までに動員解除した子供たちのうち1,700人以上が、復帰プログラムを受けている。」と、UNICEFのスポークスマンであるMohammad Rafiが、アフガニスタンの首都カブールでIRINに述べ、多くの子供たちが今、教育、職業訓練コース、自分たちの故郷での収入向上支援を受けている、と説明した。
2004年2月にこのプログラムが始まって以来、14歳から18歳の2,203人の子供兵たちは、クンドゥズ,バダクシャン、タクハール、バグラン、バーミアン、ラグマン、ナンガハール、ヌーリスタンを含む8つのアフガニスタンの地方で武器を取り上げられ、除隊させられた。
子供兵の武装解除活動は、国内で10万人の元兵士をターゲットにした国連が支援している主な武装解除、動員解除、社会復帰プログラム(DDR)と平行して行われている。
そのパートナーと協力しているUNICEFは、元子供兵が、教育を受け、軍事生活の代わりとなるものを作り出すことができるように、コミュニティーを基本とした復帰プロジェクトを実行している。
Rafiによると、その活動は2段階に分けられる。第1段階は、子供たちがプログラムの間に適正を評価され、登録し、医師の診察を受ける。第2段階では、子供たちは教育や職業訓練を含む軍隊生活に代わる永続性のあるものを与えられる。
動員解除のプロセスは、より大きなコミュニティーによる所有権を保証するために、家族および地元のコミュニティー組織を巻き込んだコミュニティーレベルで行われている。
全ての動員解除された子供たちは医学および心理学的な診察を受け、地雷の危険、薬物の乱用、HIV/AIDSの予防、基本的な健康教育に関する説明会に参加する。その後、兵役の状況や社会復帰プロセスへ導くための選択肢を含んだプロファイルが、それぞれの子供たちのために作成された。それぞれの武装解除された子供兵は、個人のID番号とIDカードを与えらている。
UNICEF職員は、元子ども兵を含めたそのプロセスの第2段階では義務教育への登録、職業訓練、実習を含む社会復帰の可能な選択肢の概要をNGOと議論していくと記した。すべての訓練の選択肢には、武装解除した子供兵の76%が義務教育を受けていないので、識字能力訓練の要素が含まれている。
子供兵の武装解除活動は、東部の地方ではまだ続いており、2004年の終わりまでに、中央アフガニスタンの6つの地方と、北部の5つの地方に広がることが期待されている、とRafiが付け加えた。
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情報源:国連地域情報ネットワーク(IRIN)
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北朝鮮に希望の春

イギリス赤十字・最高責任者のニック・ヤング氏は、6月に北朝鮮を訪問し、ヨンチョン列車爆発事故後の赤十字による救援活動を視察した。
今年初め北朝鮮ヨンチョンを揺るがした列車爆発事故後に、赤十字チームは大規模な救援活動を組織した。最高責任者のニック・ヤング氏は、6月に北朝鮮を訪問した際に、自分が目にしたものに感動した。
ニック氏は、「赤十字のチームはすばらし仕事をした。彼らは、負傷者の介護にあたり、赤十字救援倉庫から毛布、食料、水、防水シートといった救援物資を持ち込み、物品や医薬品を配給し、行方不明家族の捜索の援助にあたった」と述べた。
4月の災害はヨンチョンに壊滅的な影響を与え、中心部には何もなくなり、主要な学校は破壊され、水道や電気のシステムは切断された。爆発直後、400人の地元の赤十字のボランティアチームが、2000人の負傷者や爆発で家を失った2000家族の援助にあたった。
ニック氏は「復興の仕事は今、始まった。そして、数千人の労働者たちが数マイル離れた周囲から、つるはしやシャベルを持ち救助にやって来た。そこには現代的な掘削機や建設機器は見当たらないが、そのかわりに、労働者たちは、スピーカーから流れる元気付けの音楽や励ましのスピーチに合わせて、地面を掘っていた」と説明した。
ニック氏は赤十字リーダーの代表団の一員として北朝鮮を訪問した。救援活動の査察以外に、そのチームは朝鮮民主主義人民共和国赤十字の災害対応能力を強化し、そしてその社会主義国家と韓国赤十字の間の連結を強めようと努めた。
この訪問は励みになるものであった。ニック氏は「私が最も感動したことは、赤十字の同僚やボランティアおよびスタッフがすばらしい誇りを持っていることだ。彼らは自国に
おける自分たちの必要性を認識しながらも、北朝鮮において共同体意識やチームワークが強化され広まっていることを感じ、喜んでいる」と述べた。
現在、赤十字は北朝鮮の16州のうち5州で活動しているが、他の自治体に拡大しようと努めている。赤十字はこれらの自治体において、医薬品の60パーセント、基本的な医療設備・給水ポンプ及び給水タンクの多くを供給している。
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情報源:イギリス赤十字
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アフガニスタンの安定は国際的な支援次第-国連当局者

「数十年に渡る戦争を抜けだし、平和への道を妨害している民兵に取り組み、信頼できる選挙を9月に行うための国際的援助をアフガニスタンは必要としている。」今日国連の上級当局者は述べた。
「テロリズム、派閥主義、そして犯罪者ネットワークなどアフガニスタンの変わらぬ苦悩は、2年前と同じようにおきている。そして国家建設や真の政治的過程を覆す彼らの能力はほとんど減退はしていない。」と国連支援団(UNAMA)長官Jean Arnaultは安保障理事会に語った。
「アフガニスタンの平和の過程にとって、この危機的な時期における対テロリズム、選挙の安全、対麻薬、軍閥闘争の抑制などについて国際的な治安支援は成功と失敗の違いを生じる。」と彼は言った。
訓練や資金援助そして他の一般的な形での援助は重要ではあるが、アフガニスタンにとっては十分ではないとArnault氏は述べた。「国内の治安部隊を支援する広範囲にわたる強力な国際平和維持軍の駐留が必要不可欠である。」
治安の“地図”は地方において少しの変化があっても周知のパターンで実行されてきたが、より危険な地域では状況は悪化している。特に南部では事件とその犠牲者数は明らかに増加している。選挙課程に対する暴力的妨害の度合いはまだ判断しがたいが、登録作業が農村部に及ぶときには警戒がとられてきた。
アフガニスタンには確固とした選挙の伝統が欠けてはいるがおおかたの住民の動員がなされてきた。5月初めから約100万人の人々が登録し、登録された有権者の総数は270万人に達するだろう。最初の予想に反して、有権者登録が都市中心部以外に拡大していっても女性の参加は衰えることがなかった。「これには勢いがある。ここには期待がある。」とArnault氏は言った。
同時に、投票は公正なものと考えられなければならないと彼は警告した。「このプロセスが偏っているとか、ゆがんでいると受け止められたら、深く希望を失墜させることになるだろう。それは、アフガン人の中での違いが平和的な政治手段によって解決されるという希望である。」国際社会と同様にアフガンの指導者たちはこのプロセスの正当性を確保しなければならない、と彼は言った。
一般的な、そして特に選挙プロセスに対する安全は結局のところアフガンの責任である。しかしアフガン人が国際支援なしに責任を負うことはできない、とArnault氏は強調し、NATOの国々に対してアフガン国民と以前交わした約束を遵守することを要求した。
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情報源:国連ニュースサービス
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世界食糧計画、6月から受給者への援助を削減

世界食糧計画(WFP)は食糧不足の危機に直面しているため、6月からアンゴラの受給者に対する食糧支援をカットする予定だ。国営アンゴラプレス(ANGOP)は今日、国連のプレスノートで知った。国連機関は、今の状態では少なくとも3ヶ月間は穀物の配給をしないと語った。
文書には4月と5月の間、世界食糧計画はあらゆる手段の中から、帰還者や再定住支援プログラムによって社会復帰した約130万人のアンゴラ人への食糧供給を半分に縮小すると発表している。
アンゴラでのこのプログラムへの援助要請に対して満足のいく対応がもらえなかったために、世界食糧計画は今、深刻な物資の不足に陥っている。この機関は2004年に約158万人を支援するために1億3600万ドルが必要なところ、約3600万ドルしかドナーから受け取っていない。
先週の水曜日、アンゴラ何部Benguela地方に公式に渡された日本政府による支援330万ドル分の4200トンの食糧では30日間、約36万4千人への食糧供給は不十分と考えられている。
しかしながら、最近、Technical Unit of Humanitarian Aid (UTCH)の所長Pedro Wallipi Calengaは国内の最も助けが必要な人々への支援を政府が継続していくことを保証することで状況を緩和させた。
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情報源:アンゴラ政府
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バムでの震災支援続く

2003年12月26日早朝にイランの古都を襲ったこの地震は、街と周囲のコミュニティにひどい打撃を与えた。現在もこの地域は危険の真っ只中にあるが、このバムでの災害がニュースに取り上げられることは減っていっている。まだ危険な状況は続いているのである。
家屋や学校、診療所も含む、バムの建物の87%が倒壊した。この地震による死者は約3万人から4万人にものぼり、負傷者は約3万人、そして8万人を超える人々が家を失った。
バムの学校の約90%は完全に倒壊してしまった。修復できる範囲を超えそうな打撃をうけ、その被害はまだ続いている。40kmから90km遠く離れていない限り、校舎は被害をうけて使い物にならなくなってしまった。
ベルギー政府の支援を受けて、UNICEFは400を超える”School in a Box”(学習キット)を提供した。これには1キットにつき80人 分の教材が入っている。
被災地域の経済的見通し、深刻な打撃を受けた人々の生活手段、援助は震災前のレベルになるまで長い間必要とされる。
災害から4ヶ月が経過した今日、バムでは道沿いか指定されたキャンプ地にテント集落を集めるようになっている。仮設住宅の完備までに避難所を提供していることは、大きな物流の課題がある。(すべての人々に欠かせない水、下水道、電気設備を備えていて、現時点に適した住宅の建設にどのくらい時間がかかるのかがはっきりしないのである)
UNICEFとそのパートナーの支援によって、バム市民の基本的ニーズのほとんどが満たされていっており、そして見た目では日常生活が被害に打ちのめされたまちからゆっくりと取り戻されようとしている。
バム市とケルマン州の人々の支援に、今までにおよそ2200万ドルがUNICEFによって集められている。
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情報源:国連児童基金
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アフガニスタン:地震情報公報 No.01/2004

状況
4月6日午前1時55分(アフガニスタン現地時間)、パキスタン国境付近のアフガニスタン北東部のヒンドゥークシュ山脈でマグニチュード6.6を計測する強い地震が起こった。最初の調査報告書によると、Jurm地方(Nowa村)で3件とYangaan地方(Hazrat村)で2件の5件の家が壊れた、とされている。Associated Pressが報告した未確認の死亡者を除いては、死傷者は報告されていない。4月6日の朝に始められた被災地でのUNAMAとアフがニスタン赤新月社共同の調査は、進行中である。
震源は、カブール北部約275kmの州都ファイザバードの南、Badakhshan地方のJurm地域だった。その揺れは、カブールの町も揺らし、アフガニスタンやパキスタンのほかの中心地でも感じられた。入手した情報によれば、Jurm地域は約7万6千人の人口を持つおよそ175の村で構成されている。
赤十字社と赤新月社の活動
アフガニスタンの赤新月社のスタッフとボランティアは、被災地に駆けつけ、最初の調査を始めたUNAMAに加わった。最初の日のうちにアフガニスタン赤新月社のチームは、JurmとYangaanの2つの地域と5つの村(Nawa、Hazrat、Argo、Deshan、Teshqan)の調査を行った。一方連合の補助的な派遣団員は、必要な救援活動のために、UNAMAの地域事務所とマザールの国際赤十字連盟との調整も行っている。ファイザバードのアフガニスタン赤新月社(ARCS)の支部は、必要なときに、貯蔵されている災害準備の食料品外のストックを使うことを認められている。そのストックは、50家族分カバーすることができる。同じようなストックは、ファイザバードに最も近い支部があるクンドゥズやバグランのアフガニスタン赤新月社でも可能で、必要ならばその地域に送ることができる。実質的なストックは、マザールにある。
緊急保健移動チーム(EMU)は、マザールとバグランで待機しており、必要になれば出動する準備ができている。EMUsは、48時間以内に1,000家族の受け入れが可能である。
国家レベルでは、連合は国際赤十字連盟(ICRC)との調整を先導的な役割を担ったり、アフガニスタン赤新月社との協力を行ったり、緊密な開発モニターをしたり、マスコミや大使館に情報を提供している。
全ての国際連合組織は、行動規範を守ることを求めており、最も弱者である人々に援助を行う場合、災害救援における人道主義の憲章や最低基準(SPHEREプロジェクト)にのっとっている。援助、アフガニスタンや他の国における連合のプログラムや活動に関する情報に関しては、連合のホームページhttp://www.ifrc.orgにアクセスしてください。長期のプログラムに関しては、連合の年次報告を参照してください。
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情報源:国際赤十字連盟
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国際移住機構による記者会見概要

オーストラリア政府は、アフガン避難民に対する国際移住機構(IOM)の帰還・再定住プログラムに対して、150万円オーストラリアドル(140万アメリカドル)の援助を約束した。
アメリカ、フィンランド、ドイツからの資金援助は今年IOMが国内の北部・西部・中部における活動拠点で行う9万人のアフガン国内避難民の帰還・再定住の支援に役立たれる。
2年以上にわたりアフガン帰還・再定住省(MORP)とUNHCR・IOMとの緊密な協力によって、42万人を超えるアフガニスタン難民を家に帰す支援を行った。
運輸の提供に加えて、IOMは国内に張り巡らされている7つの夜間通過所で帰還者に対して医療診断を提供し、また食糧と避難所を提供する。帰還への道のりは時には3,4日荒れ果てたアフガンの道路をかかることさえある。
また食糧、家庭用品、道具を含む帰還パッケージを与えると同様に、帰還者の持続可能性を確保するためのコミュニティープロジェクトを行う。
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情報源:国際移住機構(IOM)
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麻薬はアフガニスタンの治安をおびやかす、大きな脅威であると安全保障理事会が警告

アヘン栽培が、アフガニスタンにおける法律、治安、経済開発の規範を危うくするかも知れないという懸念を重視し、本日、国連安全保障理事会は、ベルリンで先週、開催された復興会議の結果を踏まえて、不法な麻薬生産と闘うための、さらなる国際的な努力を求めた。
今月のローテーション制の議長職を務めるGunter Pleugerドイツ国連大使により読み上げられた大統領声明によると、理事会は、アフガニスタンにおける短期間以上の優先事項の概要をまとめたベルリン宣言を支持した。
この宣言には、武装グループの武装解除や動員解除、そして、9月に予定されている大統領選挙と下院選挙を、首尾よく開催させる内容が盛り込まれている。
アフガニスタン復興に向けて、先月から2007年3月までの間に、82億ドルの国際的支援を行うという内容のベルリン宣言を、理事会は歓迎した。
しかし、理事会は、麻薬がアフガニスタンの治安維持に対する最も大きな脅威の一つであると認めた。
アフガニスタンは世界でも有数のアヘン生産地である。
農民達が生計を立てるために、アヘン栽培に再び関わることのないよう、理事会は経済的な代替案を求めていると、Pleuger氏は語った。
また、近隣諸国は麻薬輸送ルートを妨害したり、遮断するよう、もっと協力すべきだと、付け加えた。
「アフガニスタンは、この問題と取り組むための、人的、財政的援助を必要としている」とPleuger大使は語った。
これに先立ち、平和維持活動担当事務次長であるJean-Marie Guehenno氏は、理事会に対し、ベルリン会議は目ざましい成功をおさめ、アフガニスタン大統領ハミド・カルザイ氏の統率力に世界的な信頼が寄せられたと、その概要を語った。
しかし、アフガニスタンにおける平和と安定への道のりには、経済開発、麻薬産業、治安の安定といった「手ごわい」課題がつきまとっている、とも述べた。
「アフガニスタンの大多数の人々は、選挙には、まず何よりも、武装解除が必要なことを確信している」と9月に予定されている投票に関連して、Guehenno氏は語った。
そして、アフガニスタンに新たに創設された国軍への国際安全支援が重要である、と付け加えた。
Guehenno氏によると、麻薬経済を撤去するには、2002年のアフガニスタンの歳入の半分以上という多額の費用を要するとのことである。
「この流れを元に戻すには、共同の努力と忍耐を必要とするだろう。しかし、麻薬根絶運動の最前線におけるアフガニスタン政府の当面の努力もまた、支持されるに違いない」
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国連職員、カルザイによる9月選挙の発表を歓迎

今日、上級国連使節は、アフガニスタンでの選挙が今9月に予定されることを示す国の大統領よる発表を歓迎した。
ドイツ・ボンで2年前合意されたのは6月に選挙を行うことだった。しかし、およそ1000万のうちの160万の資格を有するアフガニスタン人がこれまで署名したとはいえ、安全や他の問題点が、選挙人登録を延期させる原因となっている。
国連アフガニスタン支援ミッションの代表、Jean Arnaultは今日カブールで報道陣達に、「ハミドカルザイの決定は皆の生活をよりよいものにするでしょう。なぜなら、準備は着々と進められているからだ。」と語った。
「またこれは公的な情報や市民教育という点から見ても非常に重要です。」と付け加えた。
使節はこの決定は木曜日にベルリンで開かれるアフガニスタンに関する支援者会議をさらにあと押しするだろうと述べた。
「実際はこの発表にならって来ている、ベルリン会議は少し違った意味を持っている。」と言った。
9月に正当な選挙を行うためには、2、3年に起こっていない多くのことが明らかにこの短期間に起こるに違いない。
「武装解除の努力は選挙のプロセスと協力して行わなければならない」、とArnaultは付け加えた。
「この数ヶ月、これらの選挙が、完全には武装解除はされないだろうが、武装解除へ向かうべき国でこれらの選挙が起こることを可能にすることに非常に重要な方法で注目しなければならないでしょう。」
政治的な自由および報道の自由も9月に向けて注意がに払われなければならない、また、政党が活動するには困難なところがアフガニスタンのいたるところにある、と言った。
「これは自由で公正な選挙が起こることができる前に変えなければならない。」
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バムはまだ一面廃墟のままである

イラン地震の後、3ヶ月後のバムの現状を一人の石職人、Vamid Addeliの仕事をとおして語っている。
マホメッドの思い出が赤字で書かれている。真っ白な大理石に4mmの深さで彫られている。ゆっくりとペンキの色は乾き、磨かれた石の表面のくっきりとした線が見える。
Vamid Addeliは友人、マホメッドへの尊敬の念をこめた完璧な彫刻が終え、ペンキブラシを洗っている。その後、Addeliはまたさらに次の大理石の厚板上で機械を動かしている。12人家族、幼い子供そしていろいろなことをよく知っている23歳の店のオーナーといった、他の人々の名前の思い出も彫っている。
Addeliはバムで最も安定した仕事に従事している。彼は記録的な速さで墓石に彫る。上司は建築材の販売もしている。バムの中央共同墓地では、墓石は小さな記念碑になっているので、最近ではAddeliの商売は繁盛している。これらの墓石は12月26日にこの古代都市を襲った強烈な地震で亡くなった4万3千人を痛切に思い出させる。
Addeliは自分の仕事についてどうするべきかわからない。仕事中、よく知る多数の人の名前を順番に読んだ後、深く考えることをやめてしまった。バムの誰もこの災害を忘れられない。1秒たりとも。
Addeliは松葉杖をつかみソファーからとびおきた。地震が起きた時、壁が崩れ彼の右足に落ち、バターのように足は潰されてしまった。その後、州都ケルマンの病院で足を切断する手術を受けた。
現在彼は結婚相手が見つかるかどうか心配している。しかしそんな先のことを考えるのはおこがましいようにも思える。今日までに35個の墓石を完成させていた。まだ指が痛んでいる。そして、この若者、Addeliはアスファルトに鉄の松葉杖をガチガチ鳴らしながら家に帰り始めた。
しかし汚れたテントに住んでいるので、家に帰るというのは正確な言い方ではないかもしれない。彼の家には何も残っていない。ただ山積みの瓦礫と空がぼんやり見えるほどに崩れた壁だけだ。バムはまだ一面廃墟のままである。
嵐はムチのようにやってきて、Addeliの顔にちりやほこりを激しく打ちつけた。風が足の通っていないズボンを旗のようにはためかせている。Addeliは目を細めている。
「僕はラッキーだった」と石職人のAddeliはさよならというかわりに言った。幸運、なぜなら彼の身近な家族、親族はまだ全員生きているからだ。これはバムでは奇跡に近いことである。人口の半分は市郊外に埋まっている。さらに100人はまだ12百万トンの瓦礫の中で行方不明になっている。ほんの3ヶ月前に遺物となってしまったが、かつては活気溢れる町だった。
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情報源: 国際赤十字・赤新月社連盟
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