バムはまだ一面廃墟のままである

イラン地震の後、3ヶ月後のバムの現状を一人の石職人、Vamid Addeliの仕事をとおして語っている。
マホメッドの思い出が赤字で書かれている。真っ白な大理石に4mmの深さで彫られている。ゆっくりとペンキの色は乾き、磨かれた石の表面のくっきりとした線が見える。
Vamid Addeliは友人、マホメッドへの尊敬の念をこめた完璧な彫刻が終え、ペンキブラシを洗っている。その後、Addeliはまたさらに次の大理石の厚板上で機械を動かしている。12人家族、幼い子供そしていろいろなことをよく知っている23歳の店のオーナーといった、他の人々の名前の思い出も彫っている。
Addeliはバムで最も安定した仕事に従事している。彼は記録的な速さで墓石に彫る。上司は建築材の販売もしている。バムの中央共同墓地では、墓石は小さな記念碑になっているので、最近ではAddeliの商売は繁盛している。これらの墓石は12月26日にこの古代都市を襲った強烈な地震で亡くなった4万3千人を痛切に思い出させる。
Addeliは自分の仕事についてどうするべきかわからない。仕事中、よく知る多数の人の名前を順番に読んだ後、深く考えることをやめてしまった。バムの誰もこの災害を忘れられない。1秒たりとも。
Addeliは松葉杖をつかみソファーからとびおきた。地震が起きた時、壁が崩れ彼の右足に落ち、バターのように足は潰されてしまった。その後、州都ケルマンの病院で足を切断する手術を受けた。
現在彼は結婚相手が見つかるかどうか心配している。しかしそんな先のことを考えるのはおこがましいようにも思える。今日までに35個の墓石を完成させていた。まだ指が痛んでいる。そして、この若者、Addeliはアスファルトに鉄の松葉杖をガチガチ鳴らしながら家に帰り始めた。
しかし汚れたテントに住んでいるので、家に帰るというのは正確な言い方ではないかもしれない。彼の家には何も残っていない。ただ山積みの瓦礫と空がぼんやり見えるほどに崩れた壁だけだ。バムはまだ一面廃墟のままである。
嵐はムチのようにやってきて、Addeliの顔にちりやほこりを激しく打ちつけた。風が足の通っていないズボンを旗のようにはためかせている。Addeliは目を細めている。
「僕はラッキーだった」と石職人のAddeliはさよならというかわりに言った。幸運、なぜなら彼の身近な家族、親族はまだ全員生きているからだ。これはバムでは奇跡に近いことである。人口の半分は市郊外に埋まっている。さらに100人はまだ12百万トンの瓦礫の中で行方不明になっている。ほんの3ヶ月前に遺物となってしまったが、かつては活気溢れる町だった。
原文URL:http://www.reliefweb.int
情報源: 国際赤十字・赤新月社連盟
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