津波後-弱者の人権

■ エグゼクティブ・サマリー
2004年12月26日にインド洋沿岸を襲った津波で、数千ものコミュニティが被害に合い、 24万人以上の命が奪われた。数万人にのぼる行方不明者は死亡したとみられ、100万人以上が避難民となった。この津波により最も被害を受けたのは、漁師、沿岸の小売店や観光業の労働者、移民、沿岸近くで農業を営む者などの貧しい人々で、犠牲者の大半は、女性と子供であった。
津波が起こった直後、国際援助団体は、女性、子供、移民労働者など最も弱い立場である人々が、人身売買により強制労働させられることを懸念していたが、独断的な逮捕、子供の戦闘部隊への勧誘、支援分配における差別、移住の強制、性的また性別的な暴力、文書の紛失と損害賠償問題、特定の津波被災地で直後に浮上する不動産の保有権などの他多くの人権問題がある中、幸い人身売買事件については、ほとんど報告がなかった。
合衆国南部沿岸地域を襲ったハリケーン・カトリーナ直後の状況からもわかるように、自然災害による大規模な緊急事態に対応するための国家や地方自治体、救援機関の緊急救援や管理体制が十分に整っていないため、大惨事の犠牲者を人権侵害の危機にさらすことになるのである。
自然災害の被災者は、多くの人権条約・協定により保護される。国連の国内避難民に関する指針と、スフィア・プロジェクト(Sphere Project)の人道憲章(Humanitarian Charter)及び災害対応における最低基準( Minimum Standards in Disaster Response)は、自然災害の被災者を保護し、避難民が食料・避難所・医療などの適切で必要不可欠な救援を確実に得られるように救援活動の方針を示している。これらの指針は、国内避難民(IDP) が要求する権利を持ち、管轄の当局より保護と支援を受けられるよう述べている。
ただでさえ不安定な弱者の状況は、自然災害によりさらに悪化する。通常、災害時に主に犠牲となるのは、標準以下の家屋、不安定な地盤やはんらん原に住む貧困層であり、民族性、宗教、階級、性別による従来の差別のため物理的に脆い環境におかれている上に、内戦や人権侵害の歴史が救援や復興の妨げとなり、複雑化しているのである。
無能な官僚らによる多くの汚職がはびこっている国々では、特定の個人やグループが他人を犠牲にして、政治的な繋がりを利用し援助の受給や分配を受けていることがある。また、民族性、宗教、性別、年齢、社会的地位が原因で、いまだ少しの援助さえも受けていないグループもありうる。これら悪習のせいで、個人や家族が造りの悪い、危険でさえある国内避難民用キャンプや避難所に長期間過ごすことを余儀なくされ、危険にさらされるのである。
国内避難民は、キャンプで隔離され、遠隔の都市が策定・実施する再定住化と復興計画として、ときには、特定の利益のため、政府当局より二の次にされている。国際機関や援助組織の活動を見落としているような弱体な政府では、まとまりのない救援活動が諸問題をより悪化させる恐れがある。政策決定を全て政府が行うか、非政府団体に必要に応じた任務の実施を任せるかの間で緊迫状態が続き、妥協点がなかなか見えないため、生存者がどこに支援を求め、頼ればよいかわからないという状況に陥る。
津波が襲ったおよそ2ヵ月後の2005年3月から4月にかけて、カリフォルニア大学バークレーの校の人権センター(Human Rights Center) はEast-West Centerと共同で、数百人もの生存者と重要な情報提供者へのインタビューのため、被災地であるインド、インドネシア、モルジブ、スリランカ、タイの5カ国に研究者のチームを派遣した。
調査の具体的な目的は下記の通りである。
1. 既存の人権問題の程度とその本質、津波時の弱者への影響の調査
2. 津波後の時期の人権侵害の調査
3. 人権侵害の報告に対する政府や援助団体の対応に関する調査
4. 復興の段階で発展、または持続していたと思われる人権問題の特定
研究者達は、半構造的なアンケートを使い、対象5カ国の津波生存者や重要な情報提供者にインタビューを行い、また全ての参加者から口頭にてインフォームド・コンセントを得た。 インドでは、Cuddalore、Nagapattinam、Kanyakumari、Kancheepuram地方と最も被害の大きかったタルミナドゥ州沿岸に沿って調査を行った。スリランカでは、北東部(Batticaloa and Ampara)、南部 (Galle and Matara)、 西部 (Colomb)の3つの地方で、モルジブではMale、 Hulhumale、Guraidhooの3つの都市で、そして、タイでは、アンダマン海、タイ湾沿岸の18のコミュニティで調査を行った。最終的にインドネシアでは、Banda Aceh、Aceh Besar、 Sigli、 Bireuen、 Pidie、 Lloksuemawe、 Aceh Utara (all in Aceh)、 Medan 、Deli Serdang (North Sumatra).の9つの避難エリアで実地調査を行った。
各国共通の調査データにより、6つのテーマが浮上した。
1. 既存の人権侵害の悪化
既存の人種差別や人権侵害を受けているグループは、津波の影響でさらなる危害をこうむった。例として、政府が取り扱う軍事目的を確保するための人道支援の根拠、不正で脅迫的な財産権、移住者保護の不足、性的暴力を挙げている。
2. 援助分配の不平等
多くの弱者、特に女性や特定の民族や宗教のグループは、平等な支援を受けていなかった。特定の民族や宗教への人権侵害、カースト制度などの周縁化されたグループへの人種差別、政治的影響力による不平等、官僚の能力不足、特定グループの政府被害者定義からの除外などの支援の不均衡配分の競合が、調査により明らかとなった。
3. 罰と責任の不足
行政機関や支援提供団体が、不正行為、援助分配の恣意性、自然災害の生存者の人権を守るための国際規格違反などを報告する責任はほとんどない。津波犠牲者の対応における州の行動不足、自主的な救援メカニズムの欠如、調査の不正利用に対する政治的意思の欠如、人道支援組織による人権侵害の報告の不足などが要因として挙げられた。
4. 救援・支援の協調不全
津波被災地では、急遽多くの支援提供団体による活動が始まったため、州は、効率よく救援活動の調整を計ることができなかった。多種多様な機関や組織による支援活動は、人道主義と援助団体の間の協同不足や政府間のレベルの違い、課題の競合、NGOの責任不足などにより、うまく調和しなかった。
5. 沿岸部再開発に対する国民の信頼の低迷
一部のコミュニティでは、沿岸部再建についての条件が不明確である。貧困層を無視し、権利を奪うような政策提言で環境損壊に対応しているケースさえある。
6. 住民の参加不足
政府や支援当局は、生存者やコミュニティと援助分配、再定住、復興支援などに関する話し合いを持てないこと多く、地域コミュニティの意見を軽視する当局もあった。支援者や援助団体は住民が参加・議論ができる審議プロセスの中で得た適時要望を優先した。
これらの問題に対処するため、以下の対策の実施を推奨する。
1. 国連関係機関、NGOは、特定の国の支援復興政策及びプログラムにおいて、先に述べた人権事情を考慮すること。非国家主体は、武力紛争、法的身分、カースト差別、政治的・市民的権利の制限などの既存の人権背景を考慮にいれた上で救援や復興活動を行うこと。人権フレームを取り入れることで、人道グループが弱者を特定でき、さらなる被害を受けないように支援を提供できる。
2. 国家は、援助分配の過程を調査するため、津波被災地に独自調査を命じること。援助分配が適切に、公平に、効果的に行われたか、また見落としがないかの判断がこの調査の目的であり、支払われるべきものを受けていない生存者のための改善措置となる。
3. 国家は官民の支援提供団体の活動の透明性と責任能力を高めること。 調査を行った5カ国の国内人権委員会は、政府が国際人権基準を順守しているかを監視、報告すること。また、国家は復興段階の間、津波被災者の個々の苦情に対応するためのオンブズマンオフィスを設置すること。オンブズマンは、人権侵害における個々の問題の調査や、必要な場合は国内法に基づいた告発などを委ねることもできる。
4. 津波による惨事の復興段階の間、国家関連機関は、国連やNGOとの連携を強化すること。ここ数ヶ月間で、国家は援助物資の種類や品質の知識や管理能力を高め、領域内で活動しているNGOの数を把握しつつあるが、さらなる協調が必要である。救援や復興に従事する国内、国際援助機関が正当であることを保証するため、全ての機関をcentral registryが記録しておくこと。国連は指導的役割を担い、NGOの復興活動や官民の再建活動の同期化の促進などに協力するべきである。
5. 国家、国際機関、地域の援助組織は、地域住民に、復興の計画と実現への参加を促進すること。国の復興機関は、正当で透明な地域ベースの協議メカニズムを作ること。国連関係機関やNGOもその協議に参加し、全ての供給者と地域住民が団結すること。
6. 人権フレームにより沿岸部の再開発と土地の権利の復旧の情報を提供すること。 NGOと生存者が正統に協議できる機会を持ち、再開発計画を明白にすること。土地の権利が不確かな多くの地域では、紛争がおき、時に暴力行為を引き起こすケースもある。所有権、占有権を定めるための迅速承認制度を導入するべきである。上述のオンブズマンオフィスはこの役割を担えるだろう。
7. 現在、国家間紛争の影響をうけている地域には、特に注意をすること。
明らかな政治的暴力による戦争であるため、紛生存者の援助より、争当事者が優先されることがある。このような状況の中、国連や国際仲介団体は、人道支援提供団体が必要とする援助能力を最大限に発揮できるよう、争いの一時休戦と和平合意のためにリーダーシップを発揮するべきである。
原文URL: VBOL-6JEE3A?OpenDocument&rc=3&emid=TS-2004-000147-LKA>
http://www.reliefweb.int
情報源: East-West Center (EWC)
*著作権は情報源に帰属します。