CODE海外災害援助市民センター

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1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災をきっかけに
「困ったときはお互いさま」の心で海外の被災地支援を行っています。
災害時の支えあい・学びあいを通して地球の市民どうしのつながりを築いています。

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41. バングラデシュ・サイクロン・シドル

災害概要&地図

発生時期:2007年11月15日
被  害:死者4,234人、被災者約900万人
活動期間:2007年11月20日~2010年6月
被災地 :バングラデシュ南西部の31県(全国64県のうち)
以前から協力関係のあるバングラデシュ防災センター(BDPC)と協力し、壊れた孤児院の再建を支援しました。建物はサイクロンシェルターとしても使われることになっています。

プロジェクト内容

プロジェクトの背景

支援の対象となった孤児院は、ベンガル湾に接する南西のクルナ管区バゲルハット県モレルガンジ郡のニシャンバリアという、2つの川に挟まれた地域にあります。この地域のグリシャハリというコミュニティの人々は、2006年、自らの力で孤児院を建設し、運営してきました。建設の際の土地や建物だけでなく、運営のための資金や食事、本、といった多くが寄付で賄われ、様々な理由で連れてこられた男の子60人が生活をしていました。

この孤児院もサイクロン・シドルにより被害を受けましたが、公的な学校ではないために支援が届くことはありませんでした。コミュニティ自ら再建しようにも、資金的に困難を抱えていました。CODEと以前から協力関係のあるバングラデシュ防災センター(BDPC)がこの地域に入った際、再建されずにいる孤児院と出会いました。所長のサイデュール・ラーマン氏の提案により、災害から約2 年後の2009年7月、CODEの支援によって孤児院の再建が始まりました。

コミュニティの協働

コミュニティの人々はとても意欲的でした。人々は、建設委員会とアドバイザリー委員会という2つの委員会を作り、BDPCの協力のもとに再建の具体的な計画を立てました。業者にもこの孤児院がコミュニティにとっていかに大切なものかを理解してもらい、節約しながらも資材の品質と安全性にこだわりました。

作業初日から、コミュニティのあらゆる人々が自発的に参加しました。皆、孤児院をコミュニティの財産と考えており、強い当事者意識と貢献意欲を持っていたからです。リキシャー(三輪車)引きや貸しボート屋は無償で資材を運ぶのを手伝い、石工は無償で建設を手伝いました。大仕事となる屋根の取り付けに関わった人たちの半分はボランティアです。資金面でもCODEの支援だけに頼らず、コミュニティ内で約450米ドルを調達しました。資材を提供した人もいます。委員会のメンバーから、こんな声も聞こえて来ました「これはただのレンガではないんだよ、ここにたくさんの愛がつまっているんだ!」。このようにして作られた孤児院は、単に外から与えられたものではなく、「私たちの作ったものだ」という村の人たちの自信となりました。

サイクロンシェルターとしての孤児院

建物は硬い基礎の上に建てられ、強い構造を備えています。大きさは縦約15m、横約8m、高さ約3mです。屋根の厚さの基準は12.5~15cmですが、約23センチあるため、将来2階が必要になったときに増設が可能です。このような構造の建物は、この地域にはほとんどありません。ひとつひとつ丁寧に作られているため、業者に丸投げして手抜き工事をされるよりも数段長持ちするだろうとBDPCは見ています。この地域でサイクロンを避けることはできませんが、質にこだわったこの建物をシェルターとして活用できることから、安全のシンボルにもなっています。

2010年5月の完成後、孤児院では67人の生徒が学びはじめました。地元の人は子どもたちに食事を与えるなど、引き続きボランタリーな活動で運営が支えられています。やがてここを巣立ちゆく子どもたちも、将来この孤児院を支えてゆくことでしょう。

その後の様子

現地からの便り(2013年6月、BDPC所長・サイドゥール・ラーマンさんより)
「支援者の方々へ
孤児院で勉強し、寝泊まりしている42人の子どもたちはほとんどが最貧困層です。このセンターによってさまざまな社会的な発展がありましたのでいくつかご紹介します。

まず、私はこの孤児院で行われている授業のなかに、バングラデシュ政府の通常の初等教育カリキュラムと同様に英語、ベンガル語、数学も含めるよう管理者に勧めました。すると、彼らはすぐそのための先生を指名しました。第一期生は、政府のカリキュラムに基づく初等教育最終試験を2013年12月に受けることになっています。

また、この国の習慣なのですが、当初、孤児院は男の子のためのものでした。しかし2年前、元CODEスタッフが女の子もここを使えるようにしてはどうかと提案しました。その考えは村人にとっては全く新鮮なものでしたが、管理者は提案を受け入れ、女の子のために少しスペースを区切って活動を始めました。今では、朝、定期的に22人の女の子が建物に来て活動に参加しています。この報告ができることを私はとても嬉しく思います。この女の子たちは確実に将来のための力を身につけるでしょう。

さらに、大人の男性は、イスラームの聖なる月であるラマダンの夕方のお祈りをモスクに集まって行う週間があります。なんと、この地の歴史上はじめて、60人以上の女性がこの建物に集まって夕方から午後9時まで集団でお祈りしました。バングラデシュの農村、特にここモレルガンジのような都会から離れた地方では、(女性がこのように出歩いて集まるのは)信じられないようなことです。

この地域の貧しい子どもたち、男性、女性の社会的・宗教的発展のために、私たちは孤児院の管理者との協力を続けています。建設のために皆さまが提供してくれたあたたかい貢献に対して感謝を表したいと思います。」