引き続き、現地スタッフYさんより、震災から2年が過ぎた四川の様子をお伝えします。
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廃墟と化した北川県城を見下ろす「望郷台」でお土産を売り、写真を撮って生計を立てるPさんは、いつも笑顔と握手で迎えてくれる。最近、体調を崩していたようで久しぶりに会って、二人でゆっくりと話す事ができた。
Pさんは、「この場所ももうすぐ終わりだな。」と肩を落とす。現在、北川県城では地震遺跡に向けて工事が進められているが、2周年を過ぎ、一般の見物客にも開放され始めた。これまで多くの見物客はこの望郷台で北川県城を眺め、追悼して、お土産を買って帰っていたが、県城が開放されると今後、望郷台に行く人はいなくなるのは必至である。
「中ではお土産売りはできないだろうな。せめて写真撮影の仕事でも出来ればいいけど。」と将来の不安を隠せない。「もし、だめだったら土方仕事でも何でもするつもりだが、もうこの歳じゃ、どこも雇ってくれないしなあ。田畑を耕せば食べるぐらいは出来るけどだろうけど。」と語るPさんだった。
Pさんは住宅再建で、4万元の借金をした。だが、期限の過ぎた今も返済できないでいる。「返済できる人なんてわずかだよ。」という。政府は住宅の97%が住宅再建を終えたというが、「そんな訳ないよ。見てみろ、あの集合住宅だって1年近く工事しているが、未だ完成してないだろう。」と向かいの山の斜面には再建中の住宅群を指さした。「1年前に始まったトンネル工事だってたった100mしか掘れていないんだ。」と賃金が払われずに労働者がいなくなった事を教えてくれた。対口支援で派手に進む復興事業とは違う現実がここにあった。