「俺たちに心のケアは要らない。俺たちには仏教がある。」
震災後にある中国人の心のケアの専門家に対して、現地で十数年活動しているNGOのチベット人が語った言葉である。
2008年5月の四川大地震後、中国でも心のケアが注目され始め、青海省でもNGOや専門家がいち早く被災地に入って活動している。
チベットでは、7世紀にインドより仏教が伝来して以来、「生老病死」という四苦とどう向き合うのか、その為に菩提心を如何に持っていくのか、その歴史の中で当然「心」の問題を絶えず研鑽してきた叡智があるはずである。これは、中国人専門家にとってもチベット仏教における「心のケア」を学ぶ好機会になるのは当然の事である。
被災者のひとりKさん(40歳 女性)は、玉樹、結古鎮の旧市街の丘の上に住んでいる。震災で家は全壊し、生まれたばかりの子どもとガレキの中から救出された。今は家族親戚と身を寄せ合ってテントで暮らしている。Kさんに「つらい時はどうしているの?」と訊ねたら、当然のように「お経を読むのよ。」とすぐに返事が返って来た。
一方、被災者の暮らす避難キャンプには番犬であるチベット犬も沢山避難してきている。チベット犬は本来狩猟犬であった為、非常に獰猛である。一匹が吠え始めるとそれに反応するかのように次々に吠え始める。毎晩、犬達の大合唱で睡眠不足に悩まされていたのは僕だけではないはずである。
ある夜、テントで寝ていたら、いつものように犬達が吠え始めた。うるさくて眠れずにいると隣のテントから老人の読経が聞こえてきた。「読経を聴きながら眠りに就くなんて、なかなかない経験だなあ。」と思いながらウトウトし始めた時、いつの間にか犬達の鳴き声もやみ始めている事に気がついた。まるで読経の響きに犬達もどこか落ち着いてきたかのようだった。きっと犬達も突然の集団生活でストレスを抱えているのだろう。