2018.1.17を迎えて1995.1.17を感じた話。

2018.1.17を迎えて1995.1.17を感じた話。

1月18日

昨日1月17日事務所で追悼を行いました。

僕は1996年に生まれたので、1995年の1月17日に起きたあの地震を知りません。正直に言うと、阪神・淡路大震災は教科書に数行で書かれている、テストに出るから覚えておかなければならない出来事の1つでしかありませんでした。

しかし、昨日事務所に実際に阪神を経験された方々が訪れ、その祈る姿や話を聞かせて頂く中で、23年前の1月17日に本当にここで大きな災害が『あった』ということを実感しました。

「何を言ってるんだ、当たり前じゃないか。」と言われるかもしれませんが、
僕の中では昨日まで1995.1.17の出来事はまるで
フィクションとノンフィクションの間にあるような、
起こったということは頭では知っているけど本当の意味では理解できていないような、
そんな存在でした。

 

もしかしたら、こんな感覚を感じているのは僕だけではないのではないでしょうか?

 

日本のどこかで、世界のどこかで災害が起きた時、当事者でなければ僕たちはその様子をテレビや新聞、ネットなどで知ることになります。
それを見た時には、災害が起こっているということを感じますが、

テレビのチャンネルを変えれば、
新聞のページをめくれば、
タイムラインをスクロールすれば、


僕達は日常に戻ります。
(以前の記事:僕の日常は揺らがない)

その時に僕は
フィクションとノンフィクションの間にいるような、
起こったということを知っているけれど分かってはいないような、
そんな感覚になります。

世界中で起こったすべての災害地に赴き、自分の目で見て、災害を実感するということは難しいです。

でも、日本のどこかで、世界のどこかで、災害が起きた時、
そこでは

テレビのチャンネルを変えても、
新聞のページをめくっても、
画面をスクロールしても、

逃れることのできない
災害が『あって』、痛みを感じている人たちが実際に『いる』ということを

阪神淡路大震災を受けてここKOBEで設立された団体でインターンをしている僕は、
真正面から向き合い続けることのできる人でありたい。

2018.1.17を終えて。

「Facebookの投稿と似てるぞ」と思われた方、安心してください僕も同じことを思ってます。

それと、今週はgooddoの調子がなぜかすこぶるよくて、初の20000ポイントが達成できそうなので、どうかご協力いただければと思います。
20000ポイントを達成しましょう!お願いします!!!!!!!

 

CODE海外災害援助市民センター on the BASE
「CODE 海外災害援助市民センター」1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災で、KOBE(阪神・淡路大震災のすべての被災地を指します)は世界70余りの国々から支援を受けました。その後「困ったときはお互い様」の想いから、世界各地の災害を支援しようと市民による...
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