投稿者「code」のアーカイブ

アフガニスタンからの贈り物に感謝!!—45

アフガニスタンのイスラム主義組織タリバン暫定政権は、「独立人権委員会」を廃止したと17日までにロイター通信が伝えたようだ。昨年の8月15日以来、女性に対する就労機会や教育機会を制約する行為を強くして来た経緯を見ると、同委員会の廃止によって、さらに圧力がかかることが懸念されるだろう。

さて、先日から映画『明日になれば~アフガニスタン、女たちの決断~』が上映中だ。監督は、難民二世のサハラ・カミリさん(36)。先日、テレビでカミリさんのインタビュー放送があり、観る機会があった。カミリさんは、昨年の8月15日にカブールから避難する際に、ウクライナ政府に難民として受け入れられ、一時キーウ(キエフ)にも滞在した。カミリさんは、カブールから脱出したようすをツィッターにアップし、世界に向けて「アフガニスタンを見捨てないで」と訴えたそうだ。

以下は、サハラ・カミリ監督のコメントです。

―伝統に縛られた社会での生活を変えようとしている同胞の女性たちについて語ることは、アフガニスタン出身の女性映画製作者としての私の使命です。アフガニスタンの多くの町や村を回り、ハヴァ、ミリアム、アイーシャのような女性たちの実話を見つけました。ハヴァはアフガニスタンの主婦、ミリアムは知的で学のある女性、アイーシャは中産階級のティーンエイジャーです。彼女たちは家父長制社会に屈服しないように努めています。彼女たちの選択は、あらかじめ決められた人生への抵抗です。私が目指したのは、何年も声を出すことができずにいたけれども、運命を変える覚悟ができた女性たちの人生について語ることです。―

アフガニスタン国内で取材をしていた時に、多くの女性の声を聴いたなかで、カミリさんが感じたことは、「アフガン女性は、母になることは女性の選択ではなく強制されることだ」「アフガン女性はどんなバックグラウンドをもっていても皆、人生のある時点で同じ運命をたどる」とも。そして「アフガニスタンでは、母になることは女性の選択ではなく強制されることです。結婚した女性は必ず母にならなければいけない。母になることで社会的立場が保証されるのです」と。(毎日新聞2022年5月16日より)

この映画『明日になれば~アフガニスタン、女たちの決断~』の上映による収益の一部はウクライナ大使館に寄付されるそうです。
是非、ご覧になってください。詳細は映画公式サイトへ。
(CODE事務局:アフガニスタン 担当 村井雅清)

●昨年の8月15日以来、CODEが支援してきたぶどうの生産地などの状況が全く伝わらないので、これまでご案内していた「ぶどう畑の様子はこちらから」とそのURLは省略します。現地からの情報が入り次第、都度ご報告しますのでご容赦下さい。

アフガニスタンからの贈り物に感謝!!—44

2020年にノーベル平和賞を受賞したWFP国連世界食糧計画(国連WFP)は、昨年8月15日に暫定政権を樹立した「イスラム主義組織タリバン」が統治するアフガニスタンでは、「(2022年の)6月から11月にかけ、人口の45%に当たる1890万人が深刻な食糧危機に陥るとの予測を発表した。」(神戸新聞 2022・5・17)
さらに、「降水量が少ないこと、ロシアによるウクライナ侵攻で国際的な食料や燃料価格も高騰のため状況改善の妨げとなった」と。(同紙)
また国連WFPは「技術訓練や気候適応プロジェクトを通じて、家族が自分たちの土地を耕し食料を育てられるよう、人びとの生活に投資し続けていきます。」とも述べている。

以前、本レポートで同暫定政権が「ケシ栽培の禁止」を発表したことを伝えまた。“ウクライナ戦争”の影響で、アフリカなどでは「パンが食べられず、しかも一日一食で、キャッサバを食べている」との報道もあった。また、ケニアは長期的かつ記録的な干ばつで、家畜の多くが死に絶え、飲料水は塩水を飲まざるを得ない状況で健康被害が広がっている。こうした食糧危機は、アフガニスタンに留まらず、これまでに例を見ない深刻な事態だ。
ならば一つの対策として、国連の関係機関(WFP)や国連食糧農業機関(FAO)など)は全力をあげて、アフガニスタンのケシの耕作地の全てで小麦や大豆、ぶどうを育て、そこからの全収穫量を農家から買い取り、飢餓対策の食糧支援に回すとともに、アフリカなどで食糧危機になっている国々にも供給するということを提案したい。これには日本のNGOはじめ各国のNGOも賛同するだろう。当然国連は、タリバン暫定政権に人道的援助に携わっているすべての援助者の安全の保障を約束させるべきことは言うまでもない。

おそらくこんな知恵は、すでに実施していますとたしなめれるかも知れないが、アフガニスタンにおいては、昨年の危機状態から10カ月が過ぎようとしているのに、状況は改善されるばかりか、ますます悪くなっている現状に愕然とせざるを得ないからだ。
「FAOは、生計支援を継続し、アフガニスタンの7割の人口を占める農家と家畜業を営む家庭には、生産性を保てるように、命を救う支援と現金支給を行っている」「高品質で現地で手に入れた種、肥料と訓練を含む小麦の耕作パッケージを提供している」という国連レポートもあるので、いわゆる総合的なプログラムで考え、実施していると思われるが、人道的支援として叡智を絞って実施すことを願う。

こうした惨状を見ると、むしろタリバン暫定政権を国際的にも承認することを積極的に考え、同暫定政権自らが自国の為に活躍できるようなプログラムを提案することも一考に値するのではないか・・・・・?「制裁」を課するだけでは何も解決しないばかりか、さらに被害を被るのは一般の市民であることを忘れてはならない。
(CODE事務局:アフガニスタン 担当 村井雅清) 

●昨年の8月15日以来、CODEが支援してきたぶどうの生産地などの状況が全く伝わらないので、これまでご案内していた「ぶどう畑の様子はこちらから」とそのURLは省略します。現地からの情報が入り次第、都度ご報告しますのでご容赦下さい。

アフガニスタンからの贈り物に感謝!!—43

アフガニスタンの記事が、極端に少なくなってきた。ここ数日前からのマスコミの記事を見ると、北部マザリシャリフや首都カブールでの自爆などの爆破事件が相次いでいる。特に、モスクに一般の人たちが集まっているときの行為は、決して許されるものではない。昨年の8月15日以来、一応暫定政権を維持しているタリバーンは、イスラム教のシャーリア法に則って政治を司っている。その象徴であるモスクが攻撃のターゲットになっているということは、大変気がかりだ。

さて、そのシャーリア法に基づく政策の一つで、「勧善懲悪省」を設置したことから、就労や教育に対する制約が厳しくなっていることは周知の事実だ。その制約の一つに、女性の服装のことがある。暫定政権は、つい先日5月7日に「女性が外出する際に全身を覆うことを義務づける」と発表した。そもそもアフガニスタンでは、タリバーンだからということではなく、また政権による義務付けでもなく、女性の外出時の服装に制限があった。2001年にタリバーンが陥落した後、2002年からアフガニスタンに出入りしていたときにも、私は何度も女性の服装には目が奪われた。
先述した「全身を覆う」というのは、アフガニスタンでの女性用の伝統衣装「ブルカ」の着用のことだと言える。しかし、国際社会からは「人権侵害だ」との批判の声が上がっている。

シャーリア法にはどのように表現されているのか正確には知らないが、巷で言われてるのは「既婚の男性の前では、むやみに肌を露出してはいけない」ということらしい。私がアフガニスタンの家庭を訪問した時に、やはり女性はブルカを被っていた。こんなこともあった。ある真夏の暑い日に、デコボコの悪路のため、ゆっくりと車で路地を走っているときに、かなり前方遠くに一人の女性が歩いていた。「あれ、あの人ブルカを被っていない?」とちょっとびっくりさせられた。でも、その女性はブルカを着用していたのだが、あまりにも暑いからなのか全身を覆うようにスッポリとは被っていなかったのだ。ところが、車がゆっくりとその女性との距離を縮めて行くと、その女性は私たちと目があったのか、慌てるようにブルカで覆うように頭から被ったのだ。「えっ、こんな状態でも・・・・?」と私は苦笑いを抑えることができなかった。
その後、アフガニスタンの北部で地震があったときに、路上に並んで女性が主食である「ナン」を支援団体から配って貰っていたときには、みんながブルカを被って並んでいたのも印象的だった。

CODEは、支援のモットーとしている一つに「被災国の宗教や生活習慣を尊重する」と掲げているので、あくまでもこのような習慣もすべてを否定しない。ただ、難しい選択だが、宗教上の文化が違っていても、「人権の尊重」という視点から考えると、必ずしも「べき論」で理解すべきではないだろう。尊重するものの、「どんな服を着るのかは、あくまでも着る人の意志を尊重するのが「人権の尊重」ではないだろうか?
(CODE事務局:アフガニスタン 担当 村井雅清)

*CODEは、アフガニスタンからの退避者に野菜を提供しています。ご支援、ご協力お願いいたします。

アフガニスタンからの贈り物に感謝!!—42

4月5日の神戸新聞夕刊に「タリバン収入源の麻薬禁止」という見出しの記事が、カブール共同の配信で流されていました。記事によると、「暫定政権のハナフィ副首相は別の作物栽培などに置き換えるための協力を国際社会に求め『世界が安全に過ごせるようにする』と語った」と。

CODEが2003年からアフガニスタン支援のプロジェクトとして、昨年8月15日タリバン暫定政権樹立まで続けて来たぶどう農家の再生支援については、これまで何度も伝えてきました。2007年から2009年までの3年間はJICAの「草の根技術協力事業」に採択され、日本で有機栽培によるぶどう栽培の方策を学んできました。1年目は、兵庫県の佐用町での研修でしたが、研修プログラムの中に“大豆”製品の加工についての見学をしました。実はその目的というのは、アフガニスタンでのアヘンの原料になるケシの栽培を、大豆に変えられないかと思ったからなのです。

佐用町では“餅大豆”というのが特産でもあり、「もち大豆味噌」を生産しています。豆腐作りも見学と実習をされました。もち大豆は、国産でわずか0.01%の希少種だそうで、ぶどう栽培についても有機によるぶどう栽培を学んだ山梨県牧丘の農家・澤登さんからの教えは、「品種にまさる技術なし」でした。このことを思い出したのは、もしかすれば、大豆も「品種にまさる技術なし」で、もち大豆のような希少種が産まれれば、より大豆栽培に力をいれるのも、あながち筋違いでもないのでは・・・・・と思いました。ケシ栽培の土壌ではいろいろな作物の栽培が可能でしょうが、大豆は間違いなく、ケシ栽培の土壌でも育つと、CODEの賛同者である農家さんは言われました。

ところで、同記事には「国連薬物犯罪事務所(UNODC)によると、アフガンは2020年には世界に流通するアヘンの85%を生産。麻薬流入はロシアや欧州の脅威となっている」とありました。

このUNODCのスウェーデン事務所の出先機関としてアフガにスタンに支所を置いていたのですが、その支所で働いていたのが、CODEのプロジェクトのカウンターパートの一人だったのです。彼と一度こんな話をしました。「日本も、米・英に加担してアフガニスタンへの攻撃に参戦してきたようなものだ。つまり、私は加害者の国の一人だ」と言ったときに、彼は「いやいや、私たちもケシというアヘンの原料を栽培し、世界中にばらまいているようなものだ。これを止めなければダメだ!」と返ってきました。彼は、その言葉とおりUNDOCの職員として働いていたことを知るのは、残念ながら彼が亡くなってからのことでした。私が彼と出会ったのはインド・グジャラート地震のあとでした。その後、アフガニスタンで再開したCODEのぶどう農家再生プロジェクトのサポートもして頂いていました。今、彼が生きていたなら、この麻薬禁止というタリバン暫定政権の発表をどのように受け止めたことでしょう。あの時、佐用町で初体験したもち大豆仕様の味噌や豆腐づくりのことを思い出してくれたでしょうか・・・・・?
(CODE事務局:アフガニスタン 担当 村井雅清)

アフガニスタンからの贈り物に感謝!!—41

「前号NO40」でアフガニスタンから国外退避をされ、偶然当事務所の近くに住んでいる3人のご紹介しました。うち一人は第三国のドイツに行かれました。またもう一人は、アフガニスタンに残してた奥さんを日本に連れてくるために、一度アフガニスタンに戻りました。今、神戸に住んでいるのはSさん一人になっています。前号で紹介しましたように、Sさんは奥さんと3歳の息子さんをアフガニスタンに残したままです。

当事務所の近くに住んでおられることがわかって以来、コープこうべさんから寄贈されたお米や兵庫県たつのや丹波からのフードロス新鮮野菜を、週一回のペースで届けています。
届けたついでに、いつも少しの時間ですが日本での暮らしのことやアフガニスタンの故郷のことを話題にしています。CODEが2003年からアフガニスタンのぶどう農家を支援してきたこと、日本で有機栽培を学んだこと、その後は有機栽培ぶどうからのレーズンを日本に輸入して、CODEがネットで販売していることなどをお話しすると、「私の祖父も大きなぶどう園を持っていて、ぶどうを栽培しているよ!」と言われ、「これまた偶然だなぁ・・・・」とビックリしました。Sさんは、私たちがSさんを当初訪ねた理由はビジネスとしてアフガニスタンのレーズンを扱っていたが、昨年の政変以来ぶどうの入荷が途絶えてしまったので、何かいい知恵がないかと相談に来たと思ったようで、それで祖父がぶどうを栽培しているよ!という話に発展したようです。残念ながら私たちが扱っているぶどうは、有機栽培で育てたものなのでお世話になる訳にはいかないという結果になりました。

先日訪問した時に、「アフガニスタンに残している奥さんと子どもは、無事日本に迎え入れられるようですか?」と尋ねたら、「難しいですね!!」と言われたので、「余計なことを聞いてしまった。」と反省させられたのですが、手続きなどの問題なのかと考えていたら、「言葉のこととか、食事などの生活習慣、子どものことなど・・・・・」と寂しそうに言われました。
こうして国外退避ができても、その国で暮らすことにも大きな壁があることを、私たちは理解しておかなければなりません。

さて、ロシア・プーチン政権がウクライナに進攻して以来、マスコミはじめあらゆるメディアもこのニュースばかりです。もちろん、今、最優先の国際社会の問題であることは間違いないでしょう。
決して「恨みがましく」いう訳ではありませんが、昨年の8月15日にタリバン暫定政権が統治をはじめて以来、アフガニスタンも人道支援が必要で厳しい状態が続いています。日本政府は、ウクライナからの“避難民”受け入れには、これまでの難民受け入れ対策では考えられないほど、スピーディーかつ手厚い(というほどでもないが)政策を打ち出しています。是非、アフガニスタンからの難民受け入れも同様の政策を打ち出して欲しいものです。

今朝(3月24日)の朝日新聞で、タリバン暫定政権が女性に対する就学について、一旦中・高までは認めていたのですが、新学期の当日の朝になって許可を撤回したというニュースが報道されていました。国際社会の関心が薄れつつある状況で、タリバン暫定政権の対応が後退することに心配せざるを得ないのです。引き続きアフガニスタン支援にもご協力をお願いします。
(CODE事務局:アフガニスタン担当 村井雅清)

アフガニスタンからの贈り物に感謝!!—40

NO、39号を配信してから、3カ月もたってしまいました。心からお詫びいたします。2003年から始めたアフガニスタンのぶどう農家支援のパートナーであり、その後有機栽培によるレーズンを日本に送り続けて下さったFさん(23歳)との交信が途絶えていました。彼を含めて家族12人が、国外退避を望んでいたので大変心配していたのですが、年が明けしばらくしてつながりホッとしたところで、また途絶えました。通信環境が非常に悪いとのことで、現在もほとんど中断したままです。

さて、今日はアフガニスタンから国外退避を果たし、なんと兵庫県内に住んでいる3人のエンジニアのことを紹介します。(2022年1月22日付け神戸新聞に掲載されました。)
同紙によると3人は神戸情報学院大学でIT技術を学んでいたという経歴があり、国外退避に必要な3人の保証人が現れたことから、昨年の8月15日以降に比較的早い段階で国外退避が可能になったようです。
先日吉椿事務局長と共に、現在残っているお一人のアフガニスタン人Sさんにお会いしてきました。あと二人の内、すでに一人は第3国に出国し、もう一人はアフガニスタンに残した奥さんを日本に連れてくるために帰っているとのことです。実はSさんもアフガニスタンに奥さんと3才の息子さんを残し、単身で国外退避をされたのです。
故郷に残した家族を日本に呼び寄せるために、下記のURLにあるように救出費用を呼びかけています。みなさん、是非ご協力をお願いします。(https://gofund.me/8fe2d5b3

本レポートは、今号で40号目ですが当初から「アフガニスタンからの贈り物に感謝!!」としています。それは、実に40年以上にわたる戦禍の中でも、アフガニスタンから学ぶものが多いからです。特に2003年からぶどう農家を再建するという支援プロジェクトをはじめたことにより、干ばつという自然の厳しさの中にありながら、自然との共生を日々の営みとして歩むアフガニスタンの暮らしからの学びです。すでに何度も書きましたが、アフガニスタンには「お金がなくても生きて行けるが、あのヒンズークシュに雪が積もらなければ行きていけない!」という諺があります。日本においても同じだが、農業から学ぶ本質は同じ意味合いだろうと痛感します。

もう一つの学びは、Sさん曰く「(アフガニスタンでは)国を愛して、諦めないで努力する若い世代がいる。自分たちもそう。今回の政治的な駆け引きで、何も分からないまま突然に被害を受けたが、平和なアフガンになるのは遠い未来ではない。重要なのは『教育』だ」と断言しているように、必ずや自国が平和な国になることを確信しているということです。
実はCODEのパートナーとしてサポートしてくれたFさんも、これまでの交信の中でも同じことを言っていたのです。CODEは先述のSさんを支援するということは、やがてFさんを支援することにつながるのではないかと考えているのです。しかも偶然とはいえ、Sさんの祖父もぶどう農園を営んでいたと聞いた時には、SさんとFさんがダブって見えてきたのは・・・・・・・?
(CODE事務局:アフガニスタン担当 村井雅清)

*アフガニスタン支援にご協力ください!ご寄付はこちらからお願いいたします。
なお、上記のSさんへのご支援をご希望される方は「Sさんへ」と記入ください。

アフガニスタンからの贈り物に感謝!!—39

前号NO38を配信したのは10月26日だった。その前日国連食糧計画(WFP)は、アフガニスタンは「世界最悪の人道危機の一つに陥っている」とし、11月以降、人口の半分以上にあたる2280万人が飢餓状態になると発表した。特に子どもの死者が多数出ているという報道もある。加えて、先日も北東部マザリシャリフで人権活動をしていたアフガニスタンの女性が殺害された。そして、女性に対しては、外出制限や教育の権利を剥奪するという事態が続いており、報道機関が閉鎖に追い込まれるという事態も。

一方で、中国とロシアが主導し、「制裁ではなく、対話だ」とアフガニスタンの安定を主張している。また中国はパキスタンからの呼びかけに応じるように、インド・ロシアとともに暫定政権タリバンを「包括的な政権」の樹立をアピールしている。
関係国が混迷したアフガニスタンの状況を憂い、こうして心配することは歓迎されるだろうが、しかし、何故か率直にそのアピールを受け止められない。どうも、各々の国の思惑がチラチラ見え隠れし、そのために関与しているだけではないのかと疑いたくなる。
もちろん、飢餓状態にあることは疑いの余地もないし、各国が「人道支援」を目的に資金も拠出することをすでに表明している筈なのに、状況が好転しないのは何故なのか?あまりにも時間が徒過しているような気がしてならない。

清末愛砂さん(室蘭工業大学大学院教授)は、「支援上の問題の一つは、海外からの送金が難しいという点だ」(朝日新聞2021・11・12)と指摘。アフガン政府の海外資金を凍結していることがその要因らしい。当NGOも現地に送金しているが、やはり引き出せない。各国の政府としての支援がスムーズに行われないならば、平行して人道支援を主とする各国のNGOに託し門戸を開ければ、実質の支援が届くのではないか?NGOが、国際社会に存在している意義を積極的に受け入れるべきだろう。
でも、同時にもちろん人道的支援が喫緊の課題で一刻も早く支援が現地に届くようにすることが第一優先だが、同時に支援国が配慮しなければならないのは、アフガニスタンの女性や若者が、この混迷したアフガニスタンの将来に希望を持てているだろうかという懸念だ。もしかするとタリバンが全土を制圧してから3カ月になろうとしているが、人々がこうして自分の国に誇りも、希望も持てないという事態に陥っているとすれば、これは大変なことではないか?

先に紹介した清末愛砂教授は、「日本を含む国際社会が支援をスムーズに行うには、タリバンと交渉しなければならないが、交渉イコール暫定政権を認めることにはならない。制裁をしていたら人道危機の解決にはならない。タリバンには一定の支持者もいる。現地の人の手でアフガンが変わって欲しいと願うのであれば、粘り強く交渉したほうがいい」と。

まもなく阪神・淡路大震災から27年が来ようとしている。その27年前に私たちが被災地KOBEで学んだことは、「復興の主体は被災者自身だ」ということだった。私が初めてアフガニスタンに入り、帰国した2003年に、マスコミの取材を受けた時に、強く主張したのは、「復興は住民主体!」ということだ。
いまこそこの視点を、あらためて根づかせなければならないのではないだろうか・・・・・・。
(CODE事務局:アフガニスタン 担当 村井雅清)

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アフガニスタンからの贈り物に感謝!!—38

10月24日付け朝日新聞が、「アフガニスタンなどからの欧州連合(EU)を目指す移民・難民の流れを遮ろうと、域外と接するギリシャやポーランドなどが、国境に壁や鉄条網を設けている。賛同する加盟国は22日のEU首脳会議で建設費補助を要請。人権尊重か「難民危機」回避か。EUは対応に苦慮している」と報じていた。

全くケースは違うのだが、8月15日以来アフガニスタンではタリバン暫定政権が立ち上がり、国際社会は、そのタリバン政権を「正式に承認するのか、それとも女性に対する自由の剥奪や子どもの飢餓、アフガニスタン全体の貧困に対する人道支援優先か?」と議論をし続けているが、同じではないのか?と思う。アフガニスタンに人道支援を優先する動きが国連はじめG20の首脳会議でも財政支援をはじめ人道的支援優先を決めている。
EUは、コロナ禍においても加盟国の財政悪化に対して、コロナ対策として約97兆円の復興基金を積み、財政支援をしている。また、「環境規制の緩い国からの輸入品に課税する“国境炭素税”導入も検討している。

数年前からシリアとアフガニスタンからの難民が押し寄せ、各々の加盟国にとっても深刻な事態になっていることは理解できる。国際社会の中でも、難民の受け入れに極めて消極的な日本に住む者が、こんなことを言うのは“お門違いだ!”と言われても仕方がないのだが、EU加盟国は門戸を開いて欲しいと願うしかない。同時に、そもそもアフガニスタンから命懸けで国外退避をしなければならない事態を解消することを優先することも喫緊の課題だろう。

以前に本レポートでも主張したが、カタールのように世界中の国々が「アフガン村」を立ち上げ、アフガニスタンからの国外退避者を受け入れ、アフガニスタンの治安が安定すればいつでも母国に帰してあげるという対応をして欲しいと願うのは、難しい提案なのか?                             (CODE事務局:アフガニスタン担当 村井雅清)

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アフガニスタンからの贈り物に感謝!!—37

朝日新聞2021年10月19日付けのオピニオン&フォーラムで「アフガンに選択肢を」というインタビュー記事があった。見出しに「現地の軍閥解体へ 武装解除に奔走 治安悪化し『挫折』」という見出しが気になった。認定NPO法人「REALs」理事長 瀬谷ルミ子さんの話だ。「イスラム主義勢力タリバンがアフガニスタンで再び権力を握った。同国でかつて武装解除(DDR)活動を担った一人が、紛争地支援の専門家」(同紙)が彼女。外務省から「アフガニスタンの武装解除に協力してほしい」と要請されたようだ。2003年から2年間、赴任された。同紙によると「政府の一員として米国などが敷くレールの上で働くことに抵抗感はありました。でもそれまで平和国家と言われながらも『お金を出すだけ』というイメージの強かった日本政府が、紛争解決に取り組もうとしていた。ならば自分も貢献しようと思いました」(同紙)。でも「自分は本当に現地の人々のニーズに応えられているいるのだろうかという疑問がぬぐえなかった」「私たちが活動する間にも現地の治安はみるみる悪化していき、追い払われたはずのタリバンが復活し始めました」「このまま武装解除を進めることはアフガニスタンの不安定化につながるのではないかと私は思いました。しかし、加速した武装解除の流れは止められませんでした。和平プロセスのレール自体を変える方法は、いくら考えても、私の力では思いつけなかった」(同紙)と挫折を吐露されている。
インタビュアーの「アフガニスタンでの挫折経験は、瀬谷さんの紛争地支援をどう変えたのでしょう」という質問に、彼女は「支援する側の事情や考えを現地の人に押し付けるのではなく、現地の人たち自身が解決の主体になれるような支援をしたいと強く思いました」と応えられている。(是非同紙全文を読んで下さい。)

CODEは、阪神・淡路大震災をきっかけに発足したNGOである。2002年にアフガニスタン支援を始めてから、この瀬谷さんの言われる「支援する側の事情や考えを現地の人に押し付けるのではなく、現地の人たち自身が解決の主体になれるような支援をしたいと強く思いました」という支援の論と同じことを考え続けて行動してきた。それは阪神・淡路大震災で、「災害からの復興は市民主体だ」という思想を醸成してきたからだと、いま、あらためて強く思う。

ただ、8月にタリバンが暫定政権と宣言して以来、F・Lさん家族が国外退避を望んだとき以来、CODEはどう対応するのか本当に難しい、悩む。最も望むことは、なんとか治安が安定し、今まで通り、恐怖や不安を感じることのない暮らしを営まれることだと思う。しかし、今、その暮らしが脅かされているのも厳しい現実だ。何があっても人道支援を優先することはいうまでもないが・・・。
(CODE事務局:アフガニスタン 担当 村井雅清)

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アフガニスタンからの贈り物に感謝!!—36

昨日22日の朝日新聞に、40年前にアフガニスタンから隣国パキスタン・イスラマバードに難民として避難したアフガニスタン人のことが紹介されていた。同紙によると、難民生活は劣悪だが、その中で「第2世代、第3世代も育っている」と。「パキスタンで登録されているアフガニスタン難民は、世界で最も多い約140万人。実際にはその倍ほどの人たちが滞在しているとみられる」と続く。

CODEがサポートしているF・Lさん家族は、国外退避を望んでいるものの、パスポートを持っているのは12人のうち2人だけ。最近タリバンは、「申請すれば誰でもパスポートを持つことができる」と言っているのだが、何故国外に出るのかなど理由を聞かれることによって、身の危険を感じる人たちも多いだろうと思われる。そもそもパスポートがなければ、「難民」として国外脱出をするわけで、それはリスクが伴うことなので相当な覚悟が必要だ。

私がはじめてアフガニスタンに行った時に、イスラマバードを経てアフガニスタンに入ったのだが、少しの時間この難民キャンプを案内してくれた。日本にいてテレビなどで知る難民キャンプというと、ちょっとした風が吹いても飛んでしまうようなテント生活が印象的で、地震や水害のあとのキャンプも同じようにテント生活のケースが多いイメージがあったのだが、土を練って固めたアドべという建物が基本的な住まいで、電気も水もなく衛生環境など最悪な状態だが、アドべがならんだ結構広い“町”のようだった。キャンプの中には、小さな小屋が立っていて子どもたちはそこで学んでいた。でもおそらくキャンプの中でも学校にもいけない貧しい家庭も多かったように思う。キャンプには、モスクもある。同紙には、モスクの前でコーランを学んでいる子どもの写真も掲載されている。

おそらくタリバンが暫定政権となってから、パキスタン側に国外退避をした人たちの中には、しばらくこの難民キャンプに忍び込む者も少なくないだろう。アフガニスタンさえ出ることができれば、そうした一時しのぎができる場所があるということは、国外退避を望む人たちにとっては、一時の安堵の場でもあるのだろうか?
同紙に紹介されていた40年以上難民として生きてきた70歳くらいの方は、「ふるさとを夢見ない日は一日たりともありません。ずっとこんな生活を続けるなんて、哀れとしか言いようがない」と語っている。
(CODE事務局:アフガニスタン 担当 村井雅清)

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