月別アーカイブ: 2022年3月

アフガニスタンからの贈り物に感謝!!—41

「前号NO40」でアフガニスタンから国外退避をされ、偶然当事務所の近くに住んでいる3人のご紹介しました。うち一人は第三国のドイツに行かれました。またもう一人は、アフガニスタンに残してた奥さんを日本に連れてくるために、一度アフガニスタンに戻りました。今、神戸に住んでいるのはSさん一人になっています。前号で紹介しましたように、Sさんは奥さんと3歳の息子さんをアフガニスタンに残したままです。

当事務所の近くに住んでおられることがわかって以来、コープこうべさんから寄贈されたお米や兵庫県たつのや丹波からのフードロス新鮮野菜を、週一回のペースで届けています。
届けたついでに、いつも少しの時間ですが日本での暮らしのことやアフガニスタンの故郷のことを話題にしています。CODEが2003年からアフガニスタンのぶどう農家を支援してきたこと、日本で有機栽培を学んだこと、その後は有機栽培ぶどうからのレーズンを日本に輸入して、CODEがネットで販売していることなどをお話しすると、「私の祖父も大きなぶどう園を持っていて、ぶどうを栽培しているよ!」と言われ、「これまた偶然だなぁ・・・・」とビックリしました。Sさんは、私たちがSさんを当初訪ねた理由はビジネスとしてアフガニスタンのレーズンを扱っていたが、昨年の政変以来ぶどうの入荷が途絶えてしまったので、何かいい知恵がないかと相談に来たと思ったようで、それで祖父がぶどうを栽培しているよ!という話に発展したようです。残念ながら私たちが扱っているぶどうは、有機栽培で育てたものなのでお世話になる訳にはいかないという結果になりました。

先日訪問した時に、「アフガニスタンに残している奥さんと子どもは、無事日本に迎え入れられるようですか?」と尋ねたら、「難しいですね!!」と言われたので、「余計なことを聞いてしまった。」と反省させられたのですが、手続きなどの問題なのかと考えていたら、「言葉のこととか、食事などの生活習慣、子どものことなど・・・・・」と寂しそうに言われました。
こうして国外退避ができても、その国で暮らすことにも大きな壁があることを、私たちは理解しておかなければなりません。

さて、ロシア・プーチン政権がウクライナに進攻して以来、マスコミはじめあらゆるメディアもこのニュースばかりです。もちろん、今、最優先の国際社会の問題であることは間違いないでしょう。
決して「恨みがましく」いう訳ではありませんが、昨年の8月15日にタリバン暫定政権が統治をはじめて以来、アフガニスタンも人道支援が必要で厳しい状態が続いています。日本政府は、ウクライナからの“避難民”受け入れには、これまでの難民受け入れ対策では考えられないほど、スピーディーかつ手厚い(というほどでもないが)政策を打ち出しています。是非、アフガニスタンからの難民受け入れも同様の政策を打ち出して欲しいものです。

今朝(3月24日)の朝日新聞で、タリバン暫定政権が女性に対する就学について、一旦中・高までは認めていたのですが、新学期の当日の朝になって許可を撤回したというニュースが報道されていました。国際社会の関心が薄れつつある状況で、タリバン暫定政権の対応が後退することに心配せざるを得ないのです。引き続きアフガニスタン支援にもご協力をお願いします。
(CODE事務局:アフガニスタン担当 村井雅清)

アフガニスタンからの贈り物に感謝!!—40

NO、39号を配信してから、3カ月もたってしまいました。心からお詫びいたします。2003年から始めたアフガニスタンのぶどう農家支援のパートナーであり、その後有機栽培によるレーズンを日本に送り続けて下さったFさん(23歳)との交信が途絶えていました。彼を含めて家族12人が、国外退避を望んでいたので大変心配していたのですが、年が明けしばらくしてつながりホッとしたところで、また途絶えました。通信環境が非常に悪いとのことで、現在もほとんど中断したままです。

さて、今日はアフガニスタンから国外退避を果たし、なんと兵庫県内に住んでいる3人のエンジニアのことを紹介します。(2022年1月22日付け神戸新聞に掲載されました。)
同紙によると3人は神戸情報学院大学でIT技術を学んでいたという経歴があり、国外退避に必要な3人の保証人が現れたことから、昨年の8月15日以降に比較的早い段階で国外退避が可能になったようです。
先日吉椿事務局長と共に、現在残っているお一人のアフガニスタン人Sさんにお会いしてきました。あと二人の内、すでに一人は第3国に出国し、もう一人はアフガニスタンに残した奥さんを日本に連れてくるために帰っているとのことです。実はSさんもアフガニスタンに奥さんと3才の息子さんを残し、単身で国外退避をされたのです。
故郷に残した家族を日本に呼び寄せるために、下記のURLにあるように救出費用を呼びかけています。みなさん、是非ご協力をお願いします。(https://gofund.me/8fe2d5b3

本レポートは、今号で40号目ですが当初から「アフガニスタンからの贈り物に感謝!!」としています。それは、実に40年以上にわたる戦禍の中でも、アフガニスタンから学ぶものが多いからです。特に2003年からぶどう農家を再建するという支援プロジェクトをはじめたことにより、干ばつという自然の厳しさの中にありながら、自然との共生を日々の営みとして歩むアフガニスタンの暮らしからの学びです。すでに何度も書きましたが、アフガニスタンには「お金がなくても生きて行けるが、あのヒンズークシュに雪が積もらなければ行きていけない!」という諺があります。日本においても同じだが、農業から学ぶ本質は同じ意味合いだろうと痛感します。

もう一つの学びは、Sさん曰く「(アフガニスタンでは)国を愛して、諦めないで努力する若い世代がいる。自分たちもそう。今回の政治的な駆け引きで、何も分からないまま突然に被害を受けたが、平和なアフガンになるのは遠い未来ではない。重要なのは『教育』だ」と断言しているように、必ずや自国が平和な国になることを確信しているということです。
実はCODEのパートナーとしてサポートしてくれたFさんも、これまでの交信の中でも同じことを言っていたのです。CODEは先述のSさんを支援するということは、やがてFさんを支援することにつながるのではないかと考えているのです。しかも偶然とはいえ、Sさんの祖父もぶどう農園を営んでいたと聞いた時には、SさんとFさんがダブって見えてきたのは・・・・・・・?
(CODE事務局:アフガニスタン担当 村井雅清)

*アフガニスタン支援にご協力ください!ご寄付はこちらからお願いいたします。
なお、上記のSさんへのご支援をご希望される方は「Sさんへ」と記入ください。