投稿者「code」のアーカイブ

No.28-ウクライナ編⑰「学生ボランティアの感想」

昨日に引き続き、山口泰輝さん(兵庫県立大学大学院減災復興政策研究科博士前期課程1年)のMOTTAINAI野菜便ボランティアでのヒアリングや感想をお届けします。(吉椿)

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Sさんの義理の母にあたるRさんにもお話を伺った。彼女はポーランドを経由し、6月に来日した。
「日本人は自然を敬い、うまく共生している。きちんとゴミが分別されていて驚いた」とRさん。
気候、水、文化…。母国と何もかも違う日本に、初めは困惑していたという。しかし、和食や漢字といった日本文化に触れる中で、母国との比較に楽しみを見つけたようで、今は来日できたことをボジティブに捉えている。
また、Rさんにはウクライナの自然災害についても尋ねた。すると、「自然災害で思い当たるのは小規模な洪水程度ぐらいかな」と回答。毎年のように地震や風水害に悩まされる日本列島とは、状況がまるで違うようだ。しかし、裏を返せば、ウクライナの人びとは自然災害に対する危機意識が薄いとも捉えられる。
実際、訪問の前日深夜には、バケツをひっくり返すような強い雨と雷が発生していたが、彼女は強い不安を抱いたという。「日本の気候が分からないから、どんな災害が発生するか想像がつかない」。この言葉を聞いて、外国人の災害に対する脆弱さを痛感した。同時に、講習会などで日本の気候や災害事象について学ぶ機会が必要だと感じた。
そして、ふたりは共通して、“他のウクライナ人との交流の場”がほしいと話した。現在、神戸市では60人前後の避難民が生活しているが、互いの交流は限定的だ。避難生活の長期化が見込まれる中で、不安や悩みを共有し合う同胞たちとの交流の場は必要不可欠と言える。ちなみにCODEでは来月、交流会を企画しているようだ。私も協力したいと思っている。

ではまとめる。今回の「MOTTAINAIやさい便」に参加して最も印象に残ったのは、言語の壁を越える難しさである。
令和2年7月豪雨の被災地で活動してきた私は、被災者の方々とコミュニケーションを取ったり、同じ物事に取り組んだりすることが、支援につながることをなんとなく理解していた。不安や悩みを思う存分に話してもらう取り組みを実施し、住民から「スッキリした」、「話せてよかった」という声をたくさんいただいた。
しかし、相手が外国人だと状況は全く違う。まるで呪文のようなウクライナ語――。通訳を通したコミュニケーションは、どこかぎこちなかった。そして、言語が分かればもっと理解できることがあるんだろうなと感じた。言語の壁は予想以上に高かった。
言語が通じない外国人とどのようなプロセスを踏んで信頼関係を構築していけばいいのだろうか。
今後もCODEの活動に参加し、Y氏やM氏の発言や関わり方に注目したい。
山口泰輝(兵庫県立大学大学院減災復興政策研究科博士前期課程1年)

*「MOTTAINAIやさい便」では、ウクライナだけではなく、アフガニスタンからの退避者、ベトナム人留学生や技能実習生、ネパールの技能実習生、子ども食堂などにも野菜を届け、彼ら彼女らの日本での暮らしの見つめています。
またCODE未来基金にかかわる大学生たちが、ボランティアとして野菜を届ける中で、在住外国人の声に耳を傾け、自分にできることを模索しています。どうぞご支援、ご協力お願いいたします。

No.27-ウクライナ編⑯「学生ボランティアの感想」

MOTTAINAIやさい便の学生ボランティア、山口泰輝さん(兵庫県立大学大学院減災復興政策研究科博士前期課程1年)は、先日、僕たちと共にウクライナのご家族に野菜を一緒に届け、ロシア語通訳Kさんのお力でお話しを聴く事ができました。山口さんの感想を2回に分けて紹介します。(吉椿)

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私は12日、CODE海外災害援助市民センターが取り組「MOTTAINAIやさい便」の活動に参加し、神戸市内に身を寄せるウクライナ人4人を訪問した。規格外の野菜や日用品を届けると、ロシアによる侵攻から逃れてきた彼女らは、笑顔で迎え入れてくれた。通訳を通じて生活の不安や故郷への想いを聞くなかで、コミュニケーションとエンパワーメントの大切さ、言語の壁を越える難しさを感じた。さらに、自分が専攻する防災に関連して、外国人の災害に対する脆弱さを痛感した。今後は、長期化する避難生活を見据えて、ウクライナ人同士の交流の場や、彼女らと地域住民の接点づくりが必要になりそうだ。

「日本に来られたことは嬉しいが、戦争がきっかけだったのは残念」。こう話したのは、4月中旬ごろ来日したSさん(20)。
彼女は母国と全く違う文化に触れてみたいと、以前から日本や韓国について関心があったという。いつか訪日したいと思っていたが、新型コロナウイルスの感染拡大などにより断念。そんな時にロシアによる侵攻が始まった。日本を訪れるという長年の夢は叶えられたものの、そのきっかけが戦争であったことに彼女は違和感を感じているという。
出身地のウクライナ北西部の都市ルーツクでは、ベラルーシ方面からの攻撃や軍用機の飛行が続く。自宅はかろうじて残っているものの、周辺にはロケットが着弾しているという。変わり果ててしまった故郷だが、日本にはない広大な土地が恋しいとこぼした。
また、彼女には軍人としてウクライナで戦う父がいる。「送られてくる戦地の写真や動画を見るとつらい」。母や兄弟もここから出たくないと、国内にとどまっており、彼女の心配は尽きない。
しかし、彼女は「今後も日本に残るつもりです」と話す。調理師の資格を持ち、現在は週5日のペースでアジア料理や洋食を提供する店舗で腕を振う。職場環境にも恵まれ、今は仕事が楽しいという。「帰国しても仕事がないだろうから、日本で働き、稼いだお金を家族に送った方が良い」と、これからも今の生活を続ける意向を示した。そのため今後は、自立を促す支援、いわゆるエンパワーメント的な関わりが必要になるだろうと思った。
山口泰輝(兵庫県立大学大学院減災復興政策研究科博士前期課程1年)

*MOTTAINAIやさい便へのご協力お願いいたします。
MOTTAINAIやさい便では、新鮮な野菜をお届けする中で見えてきた問題やニーズに対してもサポートしています。
自転車の提供、通訳、引っ越し、傾聴などのボランティアに学生さんなどにかかわってもらっています。
ご寄付は、野菜の購入だけでなく、運送代やボランティアの方の交通費などにも活用させていただいています。ぜひご協力お願いいたします。

No.26-生産者編⑤

前号に続いて生産者編です。今号で紹介する近藤悦生さんは、そもそも「MOTTAINAIやさい便」の名付け親“ヤマケンさん”と丹波の「ムラとマチの奥丹波」(通称「ムラマチ」)をつないで下さった方で、CODEの未来基金で活動する大学生たちが、農業の勉強や実践をするきっかけを作って下さったお一人です。以下、近藤さんからのメッセージです。(村井)

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有機農業生産者の近藤悦生です。
全国転勤族だったサラリーマンを定年退職して老親の介護を目的に故郷丹波に戻り12年が経過しました。父母が約半世紀前から有機農業発祥の地「市島」で関わって来た野菜作りの二代目継承者です。除草剤や化学肥料を一切使わない農業は簡単なことではなく、昨今の異常気象と相俟って日々苦労の連続ですが、お客様に「安心安全」な野菜をお届けする事を誇りに細々と励んで居ります。コロナ禍の2年前から東京や阪神地区の「子ども食堂」にも若干の野菜をお届けして居ますが、今回スーパーボランティア「ヤマ健」さんのお力添えを頂き「MOTTAINAIやさい便」に関われる事を幸せに感じます。又、過日はウクライナ難民の方に喜んで頂ければと倉庫の片隅に眠って居た自転車もお運び頂きました。コロナの早期収束と世界平和を心から祈りながら「忘己利他(もうこりた)」の精神で今後の第二の青春を生きていきます。

*MOTTAINAIやさい便へのご協力お願いいたします。
MOTTAINAIやさい便では、農家の方々に新鮮な野菜を提供していただいています。その他にも自転車の提供、通訳、引っ越し、傾聴などのボランティアに学生さんなど普通の市民の方々にかかわってもらっています。
ご寄付は、野菜の購入だけでなく、運送代やボランティアの方の交通費などにも活用させていただいています。
ぜひご協力お願いいたします。

No.25-ウクライナ編⑮「家族の感覚の違い」

Oさん家族は今、それぞれの気持ちが揺れています。
Oさん、Pさん母娘は、Oさんの父Vさんと共にウクライナ西部テルノーピリから神戸に住む妹Nさんを頼って避難してきました。
日本に来て約3ヶ月。最近、市営住宅に引っ越しましたが、未だ仕事は見つかっていません。
これまでに日本に避難してきたウクライナ人は、1517名、うち兵庫県には71名(7/19現在、出入国管理庁調べ)の方々が暮らしていますが、すでにウクライナに戻った方もいます。
Oさんも、「9月にはウクライナに戻るかも…」と言います。それは娘のPさんの「学校が再開するかもしれない。友達に会いたい」という気持ちに母親であるOさんはそれに従わざるを得ません。一方でOさんの父親Vさんは「今、戻ったところで仕事もないし、何も出来ない。しかも高齢だし…」としばらく日本にいる事を決めています。
そして受け入れ先になっている妹Nさんは、「姉たちがウクライナに帰るのはいいけど、戦況が悪化してまた日本に戻って来ると言われても、もう受け入れないよ!」と語気を強めます。Nさんは、家族を受け入れるために、三人分の航空券などを負担し、日本での住居や支援金などの様々な手続きの度に通訳もしたりと、もう余裕がないのです。
家族それぞれにそれぞれの事情や想いがあります。戦争は避難者家族の関係をもズタズタにしようとしています。
(吉椿)

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No.24-生産者編⑤

以前、本レポートで紹介しました「MOTTAINAIやさい便」の名づけの親であり、野菜の調達者でもある“ヤマケンさん”こと山本健一さんが、いつも丹波市、丹波篠山市の有機農家さんを回っています。その中の丹波市氷上の有機農家さんから下記の感謝レターが届きましたのでみなさんと共有したいと思います。

丹波市で有機農業を営んでいる、井上陽平と申します。私はいわゆるIターン農業者で、就農して23年目を迎えます。当時は「消費は美徳」と言われ、次々に開発が行われ、世の中がどんどん便利になり、発展していることが実感できました。一方で、物が大量消費され、世の中の環境が次々に損なわれていることに危機感を感じていました。
有機農業のある社会こそが、新しい世の中と感じたことが就農を志したきっかけでした。
農業を続けられることに喜びを感じますが、やはり経営している以上は余剰な野菜ができたりします。今回、山本さんにお出会いし、必要としていただける方に野菜を提供させていただけることを嬉しく思います。畑と野菜と山本さんをはじめ関係者皆さんに感謝です。

というメッセージです。以前ヤマケンさんから、「MOTTAINAIやさい便の逆転の発想。やさい便は人と人と人をつないでいる。野菜農家…野菜を受け取る人、そして私をつなぐ。私は丹波で若手農家の手伝いをする。毎週1~2回の農作業をしている。だから、農家の野菜の生育状況がすべてわかる。どこの農家に、どんな「MOTTAINAIやさい」があるかわかる。農家の人と仲良しになった。ときには農家に泊めていただく。私は軽トラに自分の布団を積んでいる‼️」
というメッセージが来ていたのを思い出しました。まさにMOTTAINAIやさい便は、人と人と人をつないでいますね!みなさんに感謝!
(村井)

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MOTTAINAIやさい便では、新鮮な野菜をお届けする中で見えてきた問題やニーズに対してもサポートしています。
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No.23-ウクライナ編⑭「涙が止まらない」

ウクライナから日本に避難してきた人たちの状況は様々です。激戦地になっているウクライナ東部なのか西部なのか、帰る家があるのか否か、家族を残して来たのか否かなど皆、状況が違います。

神戸市に避難してきているSさんご夫妻(60代)は、激戦地マリウポリから避難してきました。この日、野菜や物資のお届けと同時に通訳ボランティアのTさんのご協力でお話しをお聴きしました。
ご主人Sさんは、元々船の整備士をされていて世界の海を見てきたそうですが、すでに引退され奥さんと二人年金生活でのんびりくらしていましたが、戦争で神戸に住む娘さんを頼って避難する事になりました。
ポーランド経由で避難した時の話しを聴くや否や奥さんSさんは「私たちの故郷はもうロシアに制服されてしまった。」と目に涙を浮かべ泣き始めました。
Sさんは故郷を思うとつらくて涙が止まらなくなるので、日本での生活での食事やウクライナ料理、僕たちがお届けしている野菜の話しに切り替えると、「ウクライナにいる時も家庭菜園で野菜を作っていたの」とまた涙を流します。
家族の話しになると、「もう一人の娘がキーウにいるの」とご主人の都合でキーウに留まっている娘さんを想ってまた涙を流します。
日本の最近の豪雨の話しでは、「ウクライナではミサイルが降ってくるので、雨なんか恐くないわ」という言葉に、その感覚の違いに驚きを隠せませんでした。

後日、通訳のTさんが、「ウクライナは豊かな国なんです」と奥さんが言っていた事を教えてくれました。
日本来て3ヶ月、Sさんご夫妻の心は、今もウクライナの故郷と共にあります。その豊かな故郷が奪われ、帰る場所を失った人たちが私たちの身近にいます。
(吉椿)

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No.22-ベトナム編②

先日7月13日、久しぶりに神戸市長田区にある「ベトナム寺院“和楽寺”」にMOTTAINAIやさい便として、ジャガイモ、キュウリを届けてきました。住職のティック・ドゥック・チーさん(31才)は、とにかく忙しい方でお会い出来る機会は少ない。姫路にあったベトナム寺の住職さんが本国に帰国したこともあって、今はチーさん一人で福岡、広島、姫路、神戸市長田区の寺院を兼務しておられる。今年のお盆の法要も、やむを得ず日程をずらして4カ所を回られるそうです。さらに、時間があればその合間に神戸市西区にある畑の世話もしておられます。

いつもお邪魔した時には、まず二階にある寺院にお詣りしてから、一階で近況を聞かせて頂きます。この日も二階の本堂に入る手前の踊り場にある小さな祭壇が供えられているので、まずそこでお線香をお供えしてから本堂でお詣りをさせて頂きます。その祭壇に飾られている遺影が気になり、「あれ、この前来たときの方と今日の遺影の写真が違うなぁ・・・・」と思ったので、「チーさん、この方は・・・・」とお聞きしたところ、「ニュースなどで、知っていると思いますが、4月3日大阪の淀川区にある弁当屋さんでアルバイトをしていて、殺されたベトナム国籍のブォ・ティ・レ・クィンさんという女性です」と返ってきた。

朝日新聞デジタルニュースによると、「容疑者は厳しく処罰してほしい」と泣きじゃくる6年前に彼女と結婚されたご主人の様子を紹介され、「彼女は、日本は安全な国だと思っていたのに……。妻の夢は日本で働くことと、そして将来はベトナムの子どもに日本語を教えることでした」と話されたとのこと。

彼女は、日本が大好きで、日本の大学院で学ぶことを望んでおられたそうです。住職のチーさんが長田にいない時というのは、だいたいが日本に住むベトナム籍の技能実習生や留学生、あるいは古くからおられるベトナム人の葬儀や法要なのです。あまりにも多いことに、言葉がありません。

この日は20代前半と思われる青年がお一人おられ、丁寧にお礼を言われました。MOTTAINAIやさい便でつながることで、少しでも日本のことが好きになって欲しいなぁとつくづく思いました。

亡くなられた「ブォ・ティ・レ・クィンさん」のように・・・・・・。ご冥福をお祈りします。
(村井)

No.21-ウクライナ編⑬「学生ボランティアの感想」

MOTTAINAIやさい便の学生ボランティアとして昨日、ウクライナのご夫婦に野菜を一緒に届けた島村優希さん(大阪大学人間科学部人間科学科4年生)の感想を紹介します。

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7月14日 MOTTAINAIやさい便ボランティア
マリウポリから避難して、夫婦で住まれているお宅になすやじゃがいもなどの野菜や生活必需品などを届ける際に、ロシア語通訳のボランティアの方を通じて、日本の生活や故郷のことについて伺った。
奥さんの方は新たに日本で仕事を始められていることや旦那さんは日本語を近くで、他のウクライナの方と共に勉強していることなど日常生活のことからマリウポリの故郷の話なども少し伺うことができた。

お話を聞く中で、最近の神戸での大雨が怖くなかったか聞いた際、「マリウポリではミサイルが飛んでいたから雨は怖くない」と仰っていて、彼らにとっていかにミサイルや戦争が雨と同等くらいの日常になっていることを痛感した。また、例えば畑の話から故郷の家庭菜園を思い出して奥さんは涙ぐまれていたりと、会話のちょっとしたことからも占領されてしまった故郷を思い出されて辛そうな顔をしている様子を見て、私自身もすごく心が痛んだ。やっぱり何をしていても小さなことから関連して故郷のことを思い出して辛くなるのだろうなと思うと、もったいない野菜便を通じて何か少しでも気晴らしになるようなサポートやただただ彼らが思いを吐露できるような関係性を築きたいと感じた。

また、今回のボランティアを通じて、今までテレビや報道で見ていて、辛い問題だけど日本にいる自分からは少し距離のあることだと感じていたロシアとウクライナの状況に対して、日本にいてもサポートできることはたくさんあるのだと気づいた。このことは他の紛争や災害でも同じで、今までテレビに映るどこか遠い地域の災難だとどこかで思ってしまっていた様々な出来事がもっと身近に感じて、自分にできることを自ら探していきたいと思った。
島村優希(大阪大学人間科学部人間科学科4年生)

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No.20-ウクライナ編⑫「身内のいないウクライナ親子」

「疲れたあ」と開口一番に言うVさん。
二週間ぶりに会ったらVさんは疲れていました。「今日仕事場で子どもたちをサマーキャンプに連れて行ってたから朝早かったの」と。「それに….昨日の夜の雨が凄くて、夜中に何度も目が覚めて眠れなかったわ」と言葉を続けます。
先日、兵庫県では観測史上3番目の雨量の雨(6時間雨量は観測史上最大)が降り、大雨警報が発令されました。
近年の大雨や湿気の多い日本の気候は、雨もそれほど降らず乾燥しているウクライナの避難者にとっては想像以上につらいようで、ウクライナの方々に会うたびに「暑い」といいます。

神戸市内では、ウクライナの方々がまとまって住んでいる地域もありますが、Vさんの住んでいる地域にウクライナ人や日本人の知り合いはいません。
なぜここで住む事になったのかを問うと、「幼稚園の仕事や娘の学校が先に決まったから、その近くの公営住宅がいいと思って…」と寂しそうに語ります。
「今度、交流会をやるから、その日は、空いてる?」と聞くと、Vさんは「全く予定なんてないから空いてるわよ」と笑っていいます。
知り合いもなく、毎日仕事と娘の育児のみに追われているVさんは、会うたびに疲れていっているように見えます。
多くのウクライナの避難者は、身内を頼って来日していますが、Vさんのように身内もなく、友達の紹介のみで来日した人もいます。
(吉椿)

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No.19-ウクライナ編⑪「日本とウクライナの間で・・・」

神戸市内に住むウクライナからの避難者の方々は、今引っ越しに追われています。4月に来日した人たちは、民間企業の提供するアパートに住んでいましたが、3か月の期限が来て、今、公営住宅に移ろうとしています。民間の住宅は家財道具などすべて備え付けでしたが、公営住宅に移ってからは家財道具すべてを買い揃えなくてはなりません。

この日、通訳ボランティアKさんのご協力のもと、これまでに野菜や自転車を提供してきたSさん(20歳)にお話しをじっくりお聴きしました。
Sさんは、婚約者Vさん(25歳)と共にVさんのお姉さんの住む神戸へと避難してきました。この戦争の前、Sさんはウクライナでアジア料理店で働いていたこともあり、現在は、神戸市内の結婚式場の厨房でコックとして働いています。元々日本やアジアに関心のあったSさんは、少しずつですが日本語も覚え、日本料理にも慣れてきています。この日は明るくたくさんの話をしてくれました。

Sさんの故郷ルーツク(西北部)は、東部のような地上戦はありませんが、軍用機が飛び交い、時折、工場などにミサイルが飛んでくるそうです。また、北のベラルーシからの攻撃も懸念されています。Sさんは、「家はまだ無事だけど、私たちがポーランドに避難した後に、家のすぐ近くにミサイルが落ちたわ」と教えてくれました。また、自身のご家族のことを聞くと、「父と兄は軍人としてニコライエフで戦っています。時々写真や映像を送ってくれます」と悲しそうな表情を見せます。
「母は他の兄弟と共にルーツクに残っています」と言うので、なぜお母さんたち一緒に避難しなかったのかと聴くと、「母国を出たくない」と言ったそうです。また、婚約者のVさんは戦争のときにポーランドで働いていたのですが、ウクライナに戻って戦おうとしてのをSさんたちは必死で止めたそうです。
ご存じの通り、ウクライナの18歳から60歳までの男性は、この戦争後に出国禁止になりました。それは、徴兵だけではなく、経済を支えるために男性たちは母国に残っています。国外に避難した人のほとんどは女性、子供、高齢者です。Sさんは、少しずつ慣れてきた日本での生活とウクライナに残る家族の状況の間で揺れ動いています。
(吉椿)

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