No.37-ウクライナ編 25

学生インターンの島村優希です。

前回に引き続き、MOTTAINAIやさい便をお届けしているSさんご一家へのインタビュー内容をお伝えします。

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「ウクライナがほしいのは平和だけ。でも負けることではない。勝利による平和。」

Sさんには、三人の娘と一人の息子がいて、長女はボーイフレンドと共にウクライナに残っています。故郷に残っている娘さんはマスクを提供するボランティアをされています。私が娘さんとどのように連絡を取っているか伺うと、

「もちろん毎日電話している。彼女は大丈夫って言うんだけど….日本でもアラートは見れて、彼女がシェルターに入っているか確認できるから、チェックしている。ウクライナは今団結している。お互いを助け合うから、私たちの軍隊は強くて勇敢だ。後ろで支えるボランティアの存在が本当に重要。」と仰っていて、故郷に残る娘を強く心配をすると共に、彼女が国のために活動をしていることへの誇りが感じられました。また、お話を伺った際で既にクレメンチュークの気温は1度以下であるのに、娘さんが電力不足で冷蔵庫さえ使えない状況にある、と心配した表情で伝えて下さいました。

Sさん一家が日本に来られてからは、言語の違いや手続きなどで困惑したことが多々あったみたいですが、兵庫県の多くの支援団体や人々から支援を受けることができたそうです。Sさんは日本に対して、「私達が言いたいことは、『本当に日本に感謝している』ということ。多くのサポートや何でも受け入れてくれて、感謝している。また、数日前にウクライナのために戦って亡くなった日本人の兵士にも感謝している。彼は命という一番大きなものを差し出した。私はこれに本当に感謝している、他の多くの外国兵を含めて。」と仰っていました。

また、MOTTAINAI野菜便に関連して料理の話をしている際に、Sさんは故郷の家を思い出し、「私たちはここも愛せる家にしようとしている、ここにも家が必要だから。私は毎日を生きたい。」と伝えられました。

最後に、戦争に対してのSさんとVさん(Sさん母)の思いです。

Sさん「ウクライナがほしいのは平和だけ。でも負けることではない。勝利による平和。」

Vさん「子供たちは平和な場所で生活しなければいけない。ウクライナに勝利を。」

ウクライナ東部の奪還が進んだ地域もある一方で、お話にあったように、ウクライナの気温が益々下がる中、電力不足の未だ厳しい状況は刻々と続いています。ご家族や友人の多くがウクライナに残る避難民の方は、日本での新たな生活をやりくりしながら、遠く離れた故郷に残った大切な人々の心配をして、日本からできる支援をされています。では私達一人一人ができることは何なのでしょうか。この記事を読んで、もう一度しっかりと考えてみて頂けると幸いです。

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MOTTAINAIやさい便へのご協力お願いいたします。
MOTTAINAIやさい便では、新鮮な野菜をお届けする中で見えてきた問題やニーズに対してもサポートしています。
自転車の提供、通訳、引っ越し、傾聴などのボランティアに学生さんなどにかかわってもらっています。
ご寄付は、野菜の購入だけでなく、運送代やボランティアの方の交通費などにも活用させていただいています。ぜひご協力お願いいたします。
Sさんと娘さん

No.36-ウクライナ編 24

学生インターンの島村優希です。

先日、MOTTAINAIやさい便をお届けしているSさんご一家にインタビューを行いました。振る舞って下さったボルシチとヴィネグレットをいただきながら、Sさん、旦那さん、娘さん、Sさんのお母さんが日本に来るまでの道のりや故郷の様子などを話して下さいました。今回は2回に分けて、そのインタビュー内容をお送りします。

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「私たちは何も間違ったことをしていないのに、朝起きたら始まっていた。」

Sさんご一家の故郷はクレメンチュークで、ルーマニアに車で4日間かけて避難された後、日本には6月頃に来られました。

Sさんと旦那さんのMさんはその際のことを思い出しながら、

「多くの道路がチェックポイントで閉じられていたんだ。最初の夜は、私たちは床で寝た。とても寒くて雪が降っていた。次の晩は教会に泊まれたからましだった、彼らは避難する人を受け入れる準備が整っていた。もし食べ物がほしければ、もらうこともできた。その後は、2つのガソリンスタンドに行ったけど、私たちは5時間も待たないといけなくて、ガソリンは10Lに制限されていた。国境では16時間も待って、車の中で寝た。気温は-5度だった。私達は普通の車を使っていたから、いつ車が壊れるか分からなかった、検閲所を避けるために田舎の粗い道を通っていたからね。もしかしたら車が止まったときにミサイルに打たれたかもしれなかった。もっと恐ろしかったのは誰がウクライナ人でだれがロシア人か分からなかったということ。私たちの車には『子供が中にいる』というサインを張っていた。けど、ロシア人は気にしない。私たちが故郷を去る二日前、何人かの子供達がロシアに撃たれた。避難している間、何人かのボランティアがスープを提供していた。あと、息子には喘息があって、治療の機械で呼吸をするのに電気が必要だったが、手に入れることができなかった。」と、実際の写真と共に語って下さいました。

また、お話を聞いている最中も更新されつづけているウクライナの避難指示アラームを見ながら、Sさんは家の地下の避難場所を思い出し、

「家の下にはサウナがあって、戦争が起きてから、地下のシェルターに変えた。いつも私たちはアラームがなると一日の内に何回も地下に避難した。私たちの長女が今それを使っている。2月24日に使い始めたことを覚えている。私たちは何も間違ったことをしていないのに、起きたら始まっていた。正直に言うと、ロシアとウクライナは兄弟みたいなものだし、一つの大きなコミュニティだと思っていたから信じていなかった。」と語られました。

自分と同じように、何気ない日常を過ごしていた方々が、ある朝突然の戦争の始まりによって、それまでの日常には戻れなくなってしまったということが実際にお話を聞く中でまじまじと感じられたと共に、この悲惨な状況に対して自分の出来ることは何だろうと改めて考えさせられました。インタビューの始めに、私が「伝えたくないことは言わなくても大丈夫ですよ」と言った際、「知ろうとしてくれてありがとう」「もっと知ってもらいたいから話したい」とSさんとMさん(旦那さん)は何度も仰っていました。今ウクライナから避難されている方々はそれぞれに全く異なる背景とストーリーがあります。また、他地域からの難民の方でも同様です。私達が出来ることの一つは、その話一つ一つに耳を傾け、このような経験をされた避難者が身近にいるということ、それは世界のどこか遠い場所で起きている出来事ではないのだということをまずは知り、その上で自分に出来る支援の形を見つけることではないかと思います。

次回は、Sさんの故郷の現状について、伝えます。

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頂いたヴィネグレットサラダ(ビーツやじゃがいもを使ったサラダ)

No.35-ウクライナ編23「学生インターンの感想」

MOTTAINAIやさい便の学生ボランティア兼CODEインターン、植田隆誠さん(関西学院大学)は、先日、僕たちと共にウクライナのご家族に野菜を一緒に届け、ウクライナの方々からお話しを聴く事ができました。植田さんの感想を紹介します。(吉椿)

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先日、MOTTAINAIやさい便の活動を行った。私にとってこれが初めての活動だったので、ウクライナの方々とどのように接すれば良いか分からず、活動前は緊張していた。しかし、皆さんは意外にも私達を明るく迎え入れてくださった。翻訳アプリと勉強中であろう日本語とを織り交ぜながら、楽しく会話することができ、私は少し驚いた。しかしながら、お話を聞いてみると深刻な状況にある方も多いということがわかった。

その中で、私達は一人の女性を訪ねた。トマトやほうれん草、人の顔ほどあるサツマイモをお届けし喜んでいただけた後、その方と少しお話しをした。日本語の教室には通っていますかと尋ねたところ、「持病があって遠くに行けないので今は家で勉強している」とおっしゃっていた。既に何ヶ月も通院しておられ、一人暮らしの自宅もとてもアクセスの良い場所にあるとはいえない。ボランティアの助けも借りながら生活しているとのことだったが、周りとの繋がりはほとんど無いのではないかと思った。この様な方がいることは、行って話を聞かないと分からない事だ。その時、このやさい便がただ届けるだけでなく対話する機会にもなっていることを理解した。日本にほとんど知り合いのいないウクライナの方々にとって、この活動の意義はとても大きいものなのだろうと感じた。

次に訪問したのは、元気な女の子とそのお母さんが暮らす家だ。女の子が元気そうだったのに対し、母親の方は少し疲れているようにみえた。この日は、仕事が終わるのがいつもよりも遅かったそうだ。中へ入れて頂くと、まず二人は私達にモタンカというウクライナの伝統的な人形を見せてくれた。二人によるとその人形には魔除けの意味があり、二人で作ったのだと言っていた。女の子がその人形を使っておままごとをしており、私はその姿を見て、日本とウクライナで背景は違っても人の気持ちは同じという当たり前のことを感じた。

ウクライナの人たちが日本にもいるということは以前から知っていたが、実際に野菜を届けるまでは現実味がわかず、正直どこか自分とは遠いものだと思っていた。今回の活動で、この戦争や社会制度、地域コミュニティ等に対する自分の関心が大きく変化した。また、今回5軒のお宅を訪問し、当然だが一人一人の生活があるということを知った。人それぞれ生活環境も求めていることも違うのだから、この問題を一つのものとしてではなく、もっと柔軟に考える必要があると感じた。
植田隆誠(関西学院大学総合政策学部3年)
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No.34-ウクライナ編22「ウクライナの避難者と稲刈りしました!」

CODEです。
先日24日にウクライナから神戸市内に避難してきている方及びその家族7名と丹波で稲刈りをしました。
2年前よりCODE未来基金の学生たちの農業フィールドワークでお世話になっている有機農家のグループ「ムラとマチの奥丹波」(通称:ムラマチ)の主催で今年も稲刈りが行われ、ムラマチの関係者や学生さんも含め35名の方々と共に時間を過ごすことができました。参加者は、5月に手植えし、成長した稲を鎌で手刈りし、刈った稲を束ね、天日で干すために稲架掛け(はさがけ)しました。

この稲刈りにウクライナの避難者が参加することになったのは、ウクライナ人Mさんが、5月に「ウクライナのような農村に行きたい」と言ったことがきっかけです。神戸市街地のように「ビルが多く、狭い、小さい」という日本の印象を持っている避難者の皆さんからは、「被災しぶりに空の広い野外で体を動かして楽しかった!」などの感想も聞かれました。また、ウクライナの人たちと昼食のおにぎりを一緒に作ったり、ムラマチの皆さんが準備していただいた美味しいおはぎやみそ汁、デザートなどもご馳走になりました。参加した避難者の方も互いをあまり知らなかった人同士が稲刈りしながら母国語で会話している様子も見られました。また、最後に少しだけ「サツマイモ堀り」も体験させていただき、ウクライナのLさんは、「もっと掘りたい」と止まらなくなっていました。((笑))さすが年配の女性Lさん、Rさんは手慣れたように稲刈りをやっていました。
参加したRさんは、いつもウクライナの国旗を持っており、稲刈りの最中も旗を掲げていました。国旗の真ん中には平和の象徴である鳩が描かれています。青と黄2色の国旗は、青空と小麦畑を意味しています。丹波での青空と稲の2色の風景は、故郷ウクライナの平和を想わせたようです。
ムラマチでの活動を終えた帰り道、丹波の古刹「百毫寺」(天台宗)に立ち寄りました。参道にならぶ七福神や池を泳ぐ鯉、太鼓橋など日本の仏教に興味津々でゆったりとした時間を過ごすことができました。
最後にムラマチの皆さんが、CODEのウクライナ避難者の支援活動への募金を参加者に募ってくださり、18585円のカンパが集まりました。募金箱の中には絵の描かれた折り紙にお金が包んだものもありました。

今回の企画のご尽力いただいた「ムラちとマチの奥丹波」の皆さん、参加された皆さん、ご協力いただき、本当にありがとうございました。引き続きご支援、ご協力のほどよろしくお願いいたします。
(吉椿)

No.33-ウクライナ編21「こんな風に笑うんだ」

ウクライナ中南部、ドニプロペトロウシク州クリボイログから単身日本に避難してきた女性Iさん(30歳)に最初に会った時は風邪をこじらせており、Iさんは咳き込みながら英語で少しだけ話してくれた。この時、Iさんは神戸で出会った同じ避難民のOさんのお宅に間借りしていた。女性単身であった事や体調を崩していた事もあって、気になって時々連絡をしていた。
8/28に開催した交流会で再会した時は元気にしていて、ゲームにも積極的に参加したり、歌を歌ったり人一倍楽しんでいた。

先日、Iさんから市営住宅の入居がやっと決まったと連絡があり、引っ越しのお手伝いと企業から提供していただいたテーブルとイスを運んだ。引っ越しの際の車中でゆっくりお話しすると、「この前の交流会は楽しかったわ。BBQも美味しかったわ!」と本当に嬉しそうに笑っていた。

Iさんの家族は、ロシア領のクリミア半島にいて、戦争後会う事がより難しくなっているといいます。なぜ日本に一人で来たのかと聞くと、「神戸にウクライナ人の知り合いがいて、誘われたの」と、戦争という機会は残念だが、これを機に日本で頑張りたいと語っていた。

ウクライナから避難して来た方々の事情は本当に様々で、Iさんのように前向きに日本で頑張ろうという若い方ばかりではない。故郷を奪われ帰る場所をなくした高齢者や子どもの学校のために泣く泣く帰国した親子など様々だ。
災害の被災者と同じように、一人ひとりの声に耳を傾けていく事の大切さを改めて痛感している。
(吉椿)

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No.32-ウクライナ編⑳

先日CODEの呼びかけで、「ウクライナ-日本交流会」を開催し、ウクライナからの避難者およびモルドバ、ウズベキスタンの関係者など42名と日本人関係者30名の総勢72名が参加し、無事終えたことはすでにCODEのFBなどでお伝えしました。
その42名の中に、8月4日にウクライナのザポーリージャから神戸に避難してこられた方がいました。「えっ、ザポーリージャ。あの原発のある?」と思わず聞き返しました。

先日の交流会のときは、「私たちも、野菜を貰えるのですか?」と少し、恥ずかしそうな、でも嬉しそうに「ニコッ!」と笑ってくれました。 ただ翌日の夜、LINEで少し事情を聞いていると、辛くて、悲しそうな表情を思い浮かべるような交信がありました。「LINEで届く、覚えたてのひらがな文字」を読みながら、11年前の東日本大震災での東京電力福島第一原子力発電所の爆発で、とりあえず“着の身着のまま”で、文字通り命からがらの体で避難された方々のことを思い出さずにはいられませんでした。
以来、あの11年前と同様、「欧州最大の原発のあるザポーリージャ」というマスコミのの文字に、目が捕らわれる日々に、怒りが込み上げてくるのです。

また事情があって、もうすぐウクライナに帰ることになった親子は、気をつかって先日の交流会には参加しなかったのです。ちょうど30日に「とびまつ森の会」で菜園を運営しているところから戴いた、採りたてのナスビ、ピーマン、オクラ、伏見甘長とうがらしなどを届けました。その方とは、これが最後になるのでスマホの翻訳機能を使って、ウクライナ語でお別れのご挨拶をプリントし、野菜と一緒に渡すと、薄っすらと目に涙を浮かべながら、「あ・り・が・と・う・ご・ざ・い・ま・し・た」と笑顔を返して下さいました。

このように先日の交流会に参加して下さった人たちも、それぞれには、いろいろな事情があるのだろうなぁ・・・・と思いを巡らせるひと時でした。

でも、ウクライナの人がご挨拶で言われた「一人じゃないよ!」という“激”が、27年前の阪神・淡路大震災の時の「人間しとってよかった!」を思い出させてくれ、またいろいろあっても、私たちは「つながっているんだ!」と実感させてくれました。
(村井)

No.31-ウクライナ編⑲

「あなたで二人目」
そう言ったのは神戸市内に暮らすウクライナ人Vさん。娘のZちゃん(5歳)と二人でウクライナのジトミールから友人を頼って避難してきました。
この日は、野菜とヤフー㈱さんから提供していただいたテーブルやイスを大阪大学の学生さんと届けました。Vさんに「元気?」と聞くと、「何とかね。毎日、仕事と育児で慌ただしく過ぎていくわ」と返ってきました。「日本人の友達はできた?」と聞くと、働いている幼稚園で英語のできる人がいて、「その人ぐらいかな」、そして「あなたで二人目よ」と言ってくれました。

ウクライナから避難してきて約4ヶ月。仕事と育児に追われ、友人もあまり出来ずに日本で暮らしているウクライナ人母娘がいます。「先の事はだれにもわからないわ」とVさんは言います。この言葉は、初めてMOTTAINAI野菜を届けたウクライナ人の男性が5月に言っていた言葉と同じです。それは故郷ウクライナの状況や日本での暮らしが今も変わっていない事の表れではないかと思います。
帰り際に娘のZちゃんに「名前覚えてる?」って聞くと、「YOSHI !!」と元気に答えてくれました。
(吉椿)

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No.30-ウクライナ編⑱

ウクライナから国外退避されて神戸市内に住んでいる方々の引っ越しが続いている。多くは「プーチン大統領率いるウクライナ侵攻」以後、ポーランドやドイツを経由して、1~2カ月以内に神戸市内に避難してきた人たちが少なくない。とにかくスーツケース一つで、避難してきた人たちは、兵庫県や神戸市の計らいで、取り敢えず企業から提供を受けた住宅を斡旋されて住んでいる方と、意外に多いのがもともと神戸市内に住んでおられる方を頼って住んでいる方だ。今、その人たちは県住もしくは市住の空き室の入居が決まり、引っ越しが始まっている。

先日(7月30日土曜日)、中央区に住むOさんというこの8月で2歳になる男の子と暮らしていた方の引っ越しだった。同じ中央区へという近い距離だが、軽四2台に満載で運んだ。引っ越しされる方、みんなに共通するのは、来た時は大きなスーツケース1個という様相だったのが、今度はかなりの生活雑貨が増えている。新しい住まいに、エディオンが、炊飯器、扇風機、掃除機、電子レンジなどを提供してくれたようだ。ただ、まもなくの引っ越しは予定されていたのか、大きな家具はない。でもOさんの場合、新しい市住に入ると 大小二部屋の4DKの部屋で、海も近く、住宅の下には公園もあり、2歳の子どもにとっては嬉しい遊び場付きの住宅となった。

このOさんの引っ越しには、CODEの関係者、Oさんの友だちと大勢で加勢し、終わった後にみんなで写真を撮った。Oさんの関係者だけで撮るときに、Oさんはウクライナの国旗を拡げ、「いつもウクライナを想っているの!」とニコニコでした。

でも実は、Oさんにはウクライナのキーウ近郊に家族(主人、両親、兄弟)がいて、親戚の方も近くにいる。「家族とは連絡をしているが、電話で話している最中も、サイレンが鳴り、すぐに避難しなくてはいけない日々で、心配」と語っていた。ただ、いつも引っ越しを手伝っていて気がついたのは、大きなスーツケースのコマが必ず壊れているということだ。きっとこれは、避難の道中、スーツケースを引っ張りながら、かなりの距離を歩いたことを物語る。Oさんの場合は、まだ乳飲み子だった彼を抱っこしながらの避難なので、かなり耐え難い疲労と闘いながらの避難だったのだろうと想像する。

外出はコンビニくらいにしか行かないという狭い範囲での生活だが、慣れて来たのか、まもなく2歳の彼を保育園に送った後は、再々区役所に行っていろいろな手続きをしているそうだが、「みんなが助けてくれる!」と嬉しそうだ。

Oさんとは、LINEを使ってローマ字で会話をしているが、とても明るい方でこちらが癒される。野菜を配達するだけだが、まもなく2歳になる彼に会うのも楽しみの一つになった!
(村井)

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No.29-ネパール編①

古川禎久法相は7月29日、「人づくりによる国際貢献という制度の目的と、人手不足を補う労働力として扱う実態が乖離している」という専門家や支援団体の指摘を受けて、外国人技能実習制度の本格的な見直しに乗り出す考えを表明したと報道されていました。特に、ベトナムから来られているベトナム人技能実習生に対する人権侵害があまりにも多いのが現実で、憤懣やるかたない思いをずっと抱いていました。(本レポートNO 22参照)

さて、先日ネパールから来ている「特定技能実習生(介護分野)」が住んでいる神戸市内の市住・県住などを数か所回り、40人ほどの実習生に「MOTTAINAIやさい便」を届けてきました。みなさんが一日の仕事を終え、疲れを癒していた時に、突然訪問して申し訳ないと思いつつも、礼儀正しく、さわやかで、明るい実習生に迎えられて、こちらが癒される思いをさせて頂いたのです。そしてこの出会いが、「ご縁って不思議だなぁ」と言える典型的な出来事なのです。

というのは、こうしてネパールから日本語・介護学校を経て、日本に実習生を送り出している施設の関係者である神戸在住のネパール人Lさんは、ネパール地震(2015)後、CODEがご支援してきた被災地ソルクンブ郡グデル村のキーパーソンだった人で、私とは2年ぶりの再会となったのです。そして、兵庫県内に住むネパールからの実習生の中に、なんと前述のグデル村出身の若者が4人いたのです。「まさか、CODEがご支援させて頂いたあのグデル村から、日本のために介護実習生として働いている人たちがいるとは?」と想像だにしてなかったので、びっくりしたのです。

帰路、Lさんは、「みんな、介護の仕事をしていて、幸せだ!」というのです。「えっ?どういうことですか?」と聞き返すと、「日本のおじいちゃん、おばあちゃんの介護をしていて、人生の先輩で、こうして頑張って生きているという人の介護をさせて頂けるということが幸せだ!」と。おそらく、きっと施設で暮らす日本のおじいちゃん、おばあちゃんは、ネパールという遠い国からお世話に来てくれて、「ありがとうね!」と声をかけていることでしょう。しかし、逆にそのお世話をしている人たちが「しあわせだ!」と感動しているというのです。このことを聞いて、私たちは「ほんとうにこうした外国人の力がなければ、社会が成り立たないのだ!」ということも実感します。今日、冒頭の法務大臣の言葉を聞いて、「えっ、ほんとうなのか?」と失礼だが、正直いぶかったが、本当に見直してほしいと切に願います。

ネパールの実習生が働く高齢者向けグループホームを運営する大山守さんは、「介護の現場は外国人労働者がいなければ成り立たなくなってきている」と言われている。(2022年7月20日 神戸新聞より引用)

「ほんとうに、ありがとう!!」とお礼を言わなければならない。
(村井)

No.28-ウクライナ編⑰「学生ボランティアの感想」

昨日に引き続き、山口泰輝さん(兵庫県立大学大学院減災復興政策研究科博士前期課程1年)のMOTTAINAI野菜便ボランティアでのヒアリングや感想をお届けします。(吉椿)

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Sさんの義理の母にあたるRさんにもお話を伺った。彼女はポーランドを経由し、6月に来日した。
「日本人は自然を敬い、うまく共生している。きちんとゴミが分別されていて驚いた」とRさん。
気候、水、文化…。母国と何もかも違う日本に、初めは困惑していたという。しかし、和食や漢字といった日本文化に触れる中で、母国との比較に楽しみを見つけたようで、今は来日できたことをボジティブに捉えている。
また、Rさんにはウクライナの自然災害についても尋ねた。すると、「自然災害で思い当たるのは小規模な洪水程度ぐらいかな」と回答。毎年のように地震や風水害に悩まされる日本列島とは、状況がまるで違うようだ。しかし、裏を返せば、ウクライナの人びとは自然災害に対する危機意識が薄いとも捉えられる。
実際、訪問の前日深夜には、バケツをひっくり返すような強い雨と雷が発生していたが、彼女は強い不安を抱いたという。「日本の気候が分からないから、どんな災害が発生するか想像がつかない」。この言葉を聞いて、外国人の災害に対する脆弱さを痛感した。同時に、講習会などで日本の気候や災害事象について学ぶ機会が必要だと感じた。
そして、ふたりは共通して、“他のウクライナ人との交流の場”がほしいと話した。現在、神戸市では60人前後の避難民が生活しているが、互いの交流は限定的だ。避難生活の長期化が見込まれる中で、不安や悩みを共有し合う同胞たちとの交流の場は必要不可欠と言える。ちなみにCODEでは来月、交流会を企画しているようだ。私も協力したいと思っている。

ではまとめる。今回の「MOTTAINAIやさい便」に参加して最も印象に残ったのは、言語の壁を越える難しさである。
令和2年7月豪雨の被災地で活動してきた私は、被災者の方々とコミュニケーションを取ったり、同じ物事に取り組んだりすることが、支援につながることをなんとなく理解していた。不安や悩みを思う存分に話してもらう取り組みを実施し、住民から「スッキリした」、「話せてよかった」という声をたくさんいただいた。
しかし、相手が外国人だと状況は全く違う。まるで呪文のようなウクライナ語――。通訳を通したコミュニケーションは、どこかぎこちなかった。そして、言語が分かればもっと理解できることがあるんだろうなと感じた。言語の壁は予想以上に高かった。
言語が通じない外国人とどのようなプロセスを踏んで信頼関係を構築していけばいいのだろうか。
今後もCODEの活動に参加し、Y氏やM氏の発言や関わり方に注目したい。
山口泰輝(兵庫県立大学大学院減災復興政策研究科博士前期課程1年)

*「MOTTAINAIやさい便」では、ウクライナだけではなく、アフガニスタンからの退避者、ベトナム人留学生や技能実習生、ネパールの技能実習生、子ども食堂などにも野菜を届け、彼ら彼女らの日本での暮らしの見つめています。
またCODE未来基金にかかわる大学生たちが、ボランティアとして野菜を届ける中で、在住外国人の声に耳を傾け、自分にできることを模索しています。どうぞご支援、ご協力お願いいたします。