「はじめの一歩」No.2
バントゥル県イモギリ村の集落の中で、「この奥に、まったく被害を受けなかった住宅が1軒ある」と聞き、早速その家まで案内してもらいました。グシャグシャに崩れ果てた家々の中に、そこには、一軒、無傷の家があり、それは竹と木材で作られたジャワ伝統の家でした。
その家の娘であるNapingさんは、日本語を勉強したことがあるらしく、”日本人が村に来ている”と聞きつけて、出先からバイクで駆けつけてくれました。「ジシンマエ、ワルイイエ、ジシンゴ、イイイエ」とNapingさんは語ります。ここインドネシアは、オランダ植民地時代のあおりがあり、上層階級がレンガの住宅に住んだことから、レンガ造りの家と竹・木材築の家とで税金が区別されるほど、住宅の資材によって社会地位が分けられてしまうそうです。
そんな社会背景の中、地震前は、Napingさんも自分の家が竹と木材でできていることを恥ずかしく思っていた。でも、結果的に、竹・木材で築いた家だったからこそ、耐震性が高く、家はビクともせずに、家族もみんな無事だった・・・と大喜びで話すのです。とても明るく、ワッハワッハと笑いながら話す彼女の姿に、正直なところ、”周りでこんなに被災している人が居る前でこの光景は大丈夫なものなのか?”と日本人的な発想で心配してしまいましたが、周りの目も温かく、どうやら、大らかな文化のようです。
住民たちは、社会的地位を選ぶのか被災時の命を選ぶのか・・・という選択の狭間にいるように見えます。こんな時、”はじめの一歩”で誰かのアドバイスと後押しがあれば、”耐震でより安全な家に住む”という道を選んでいけるのではないでしょうか。