つぶやきレポート「インドネシア被災地の今」 Scene.19
インドネシア、ジャワ島を襲った地震から5週間。約150万人といわれる被災者の人々は、今もなおガレキの中のテント、掘っ立て小屋に暮らす。
今回の地震は、人々の集落だけではなく、世界遺産のプランバナンにも甚大な被害をもたらした事は、マスコミなどの報道で知る人も多い。が、その北側にひっそりと農村の中に建つプラオサン寺院も被害を受けた事を知る人は少ない。プランバナンと同じ9世紀に建てられたヒンドゥー遺跡で南北二つの寺院からなり、壁に描かれたレリーフは目を見張るものがあるが、訪れる人は少ない。
【写真】プラオサン寺院の前の避難テント |
【写真】物資を手にするスミナさん |
プラオサン寺院の入り口にもPOSKOがテントで作られ、その横に数家族が避難生活をしている。
そこで寝泊まりするスミナさん(40)は、7人家族でプラオサン寺院のすぐ前で時折訪れる観光客を相手にささやかな商店を営んでいた。自宅も商店もやはり全壊である。このブキサン村では(120世帯、332人)3人の命が奪われた。旦那さんは頭にケガをしたが、息子さんは屋内で朝のお祈りをしていたが無事だったという。
「地面がゆれた。。」というスミナさんは、ちょうど料理を終えていたので、火事には至らなかったと語ってくれた。「バイクも家具も全部駄目になった。商店も商品も駄目になってしまったよ。。」と。。。
最後にPOSKOに詰めてい村の若者達にギターで唄ってもらい、お返しに11年前に阪神の避難所で唄った「花~すべての人の心に花を~」を唄った。11年前の阪神とジャワがダブって見えた。。。
プランバナンという光の裏にプラオサンという影があり、そこにも被災者の人々がいるという事を忘れてはならない。。
*ジャワ地震関連情報として、World Voice(http://www.code-jp.org/wv/)に「ここが私たちの家」をアップしました。併せてご覧下さい。