月別アーカイブ: 2021年9月

アフガニスタンからの贈り物に感謝!!—17

タリバンが唯一制圧できなかったアフガニスタン北東部パンジシール州の反タリバン勢力が、条件付きではあるが、和平交渉の成立可能性を示した。タリバンは同意していないという報道もあるが、間違いなく遅々と進んでいると期待したい。また、タリバンによるカブール制圧後、首都カブールの国際空港からはじめて国内線(ヘラートとマザリシャリフへ)が飛んだというニュースも。加えて複数の国々の幹部は、タリバンの政治局があるカタールのドーハに、大使館を置くという努力をしている。なんとか平和裏に解決して欲しいと願いたい。

ただ、一方でタリバンが最も国際社会に認められるには、女性の教育や就労の自由を保障することだ。タリバンは一貫してイスラム教の教義の枠内でと固執しているが、それでは国際社会はには信頼されない。
先日4日、男女平等や政治参加を求める女性たちの集団が抗議デモを展開した。残念ながらタリバンと衝突し、タリバンは催涙ガスを使用し、また銃の弾倉で頭部を殴り負傷させた女性も出た。
そうした中で、日本の文民支援に以下のような支援があったことを思い出した。
—アフガニスタンの反政府勢力タリバンの幹部が、時事通信の取材に対し、日本政府が育成を支援してきた女性警官を含め、女性の政府職員についてアフガン社会に「必要だ」と認める見解を示した。外出など女性の権利を制限してきたとされるタリバンの幹部が、女性の社会進出に関し肯定的反応を示すのは異例だ。タリバンが関わる体制下でも「女性が犯罪に関わるケースがある。女性警官や検察官は必要だ。政府内では他にも女性が必要な部署はある」と述べた。アフガニスタンでは、部族的家父長制が根強く残り、家庭内暴力(DV)も横行している。家庭内では男女の居場所を厳しく区別する習慣も存在し、これに阻まれ男性警官が問題に踏み込めないケースが多かった(8月2日 JIJI.com)-と。
こうした解釈ができるなら、もっと女性に自由を保障することは不可能ではないということだろう。

さて、CODEのパートナーも国外退避を望んでいるが、まだまだアフガニスタンには、同様に国外退避望んでいる人たちがいる。各国の大使館もタリバンとの交渉や関係国との連携を模索する中で、無事に誰ひとり残すことなく国外退避をさせることに全力を尽くしている。CNNのデジタルニュースによると、「欧州議会(European Parliament)のダビド・サッソリ(David Sassoli)議長は1日、スロベニアで開催された会議で、タリバン政権から逃れるアフガン移民の流入に欧州連合(EU)は備える必要があると警告。『この作戦に参加したわれわれは、アフガニスタンが自分たちの問題ではないというふりをすることはできない』と述べた」と報じている。アメリカの責任のみを追及する国もあるが、私たち一人ひとりを含めて、同議長の言う通りではないかと痛感する。
私たちCODEは、アフガニスタンのF・Lさんとその家族が無事、国外退避ができるように、あらゆる方法を駆使したい。
(CODE事務局:アフガニスタン担当 村井雅清)

アフガニスタンからの贈り物に感謝!!—16

みなさまにはいろいろとご心配をおかけしています。これまでの多くの応援メッセージに心から感謝を致します。ほんとうにありがとうございます。
現地でレーズンの出荷のお手伝いをして下さっている彼(F・Lさん)から、少しずつ状況が伝わってきました。
F・Lさんは、いろいろな知恵を工夫し、国外退避を希望していることが伝わって来ました。こんな時には、複数の情報がF・Lさんに集まりますが、同時に情報が多いと混乱もされます。
CODEは、寄せられる情報をF・Lさんに伝えますが、あくまでも基本的には、F・Lさんが選択した方法を最大限支援すると伝えています。ただ、一番の困難と悩みは家族が多いということ、パスポートを持っているのが二人だけ、という国外退避を望むものの、ほんとうに退避できるのかという不安もあります。アフガニスタンの事情に詳しい友人の指摘では、「今、動く方がむしろ、リスクが大きくなるのでは?」というアドバイスも頂いています。日本人で唯一国外退避を実現された安井浩美さんとも交信ができました。現地の事情をよく知る彼女のメッセージには、勇気を頂くことができます。
「○○地域のぶどうは、しっかり育っていますよ!」と伝えてくれました。CODEは、ぶどうを通して、アフガニスタンとつながり、アフガニスタンの生活の一端に接し、いのちの水を供給するカレーズに潜り、少しでもアフガニスタンの暮らしに寄り添うことができたというわずかばかりの体験が蘇ってきます。
一方でF・Lさんの希望が叶えられるようにと、これまでCODEとつながっている人たちが、懸命に情報を集め、動いてくれています。ほんとうに有難く、嬉しいことです。
F・Lはじめ家族や親戚の方々が、一日も早く、少しでも安堵できるようなひとときが訪れることを心から祈りたいと思います。みなさま、これからも見守って下さい!!よろしくお願い致します。
(CODE事務局:アフガニスタン担当 村井雅清)

アフガニスタンからの贈り物に感謝!!—15

いよいよタリバンが新政権樹立に向けて、組閣に入ったようです。一方で、以前少し触れましたが、大変心配な事態が予測されます。今朝の毎日新聞朝刊には—タリバンと北部パンジシール州を拠点とする反タリバン勢力の間で続いていた和平協議が1日、失敗に終わった。-という記事が報じられていました。
もし、この報道にあるように、「内戦の可能性」(同紙)が現実のものになれば、このパンジシール州の南に位置するショマリ平原の地域は、戦場と化します。

本レポートNO3で、亡くなられた緒方貞子さん(国連難民高等弁務官)が、カブールに行かれて、このショマリ平原で作業をしている農夫の姿を見て、「この国は必ず復興する!」と確信したという話を紹介しました。先述したように、この地が戦場となれば、こうした農夫たちも、鍬を銃に持ち替え、闘うことになるのでしょう。もう、これ以上武力による衝突だけは、絶対に避けて欲しいと願います。
何故ならば、この地域は国連のレポートで「98%破壊された」と、1994年から1995年に報道されたのです。偶然、私は国連レポートでこのことを知り、「98%ということは、ほぼ全滅ではないか?」と、後にこの地域を訪ねたところ、ほぼ100%が壊滅でした。目の前の惨状を見て愕然とした記憶がよみがえるからです。しかも、その上で衝撃を受けたのは、この地域の植物や木々を根絶やしにしていたのです。「何でこんなことをするのか?」と聞いたところ、「首都カブールの周辺には人が住めないようにするのだ!」という説明だった。

今回の和平協議が失敗に終わり、報道にあるように再び内戦が勃発すれば、あの悪夢のような事態が再来することは間違いないでしょう。ほんとうに両者のトップが戦争だけは思いとどまって欲しいと切に願います。
(CODE事務局:アフガニスタン担当 村井雅清)

 

アフガニスタンからの贈り物に感謝!!—14

タリバンの完全独立宣言から一夜が明けた。早速タリバンは新体制の調整に入っている。加えて、カブール国際空港の管理について、トルコ政府と調整しているという報道もある。
日本政府としては、とにかく残された日本人関係者およびこれまで協力してくれたアフガニスタン人、そして同じく他の国でまだ国外退避を希望する者がいるならば、その人たちのことも含めて、すみやかに国外退避ができるようにタリバンとのしかるべき交渉や他の国との緊密な情報共有も忘れてはならない。
唯一日本人のジャーナリストの安井浩美さんの手記が発表されているが、「女性の人権を踏みにじり恐怖政治を敷いたタリバンを私は知っているが、以前とは違うようにも見える」とも。そして「私が愛するアフガニスタン。国際社会、そして日本は見捨てないで欲しい。」と訴えておられる。

CODEはぶどう農家の再生支援をしているが、同じ地域で唯一一校しかない「女子学校」の建設も支援した。建設と言っても、実は広いグランドというか荒野のような荒地に、欧州の国が校舎を建てた。しかし、イスラム法の教えで、「女子学校には、外から絶対に見えないように壁がいる。」と言われた。「えっ、こんなに広い土地に壁を作らなければならないの・・・・・?」と天を仰いだ。そのためには相当な資金がいるだろうなぁと頭の中で電卓が動くような感じがした。「なるほど、わかった。しかし、それならセメントコンクリートで覆うような壁よりも、木を密植して植えれば、景観もいいし、生態系にも影響を与えないのではないか?それでどうだろう。」と交渉したが、「ダメだ。少しでも中が見えたらダメなんだ!」と、ガンとして受け入れてくれなかった。日本では考えられないことだが、イスラム法の教えと言っても、ここまでして女性を守るというのも凄いことだとなぁと思った。
恐る恐る見積もりを提示して貰うと「230万円」という金額だった。2度目の天を仰ぐことになった。
CODEの支援のモットーには「支援する相手国の宗教や文化を尊重する」と掲げてある。「泣きたいほどつらいけど、やむを得ないか。この地域の人の仕事になり、少しでも生活支援につながるし……。」と、自分を慰めるしかない。
すでに広いグランドに、小さなテントを10張ほど支援した。そのときの子どもたちの笑顔が目に焼き付いていたので、これで安心して勉強ができると思うと、この学校は子どもたちにとっては、かけがえのないことだ!と。
「ヨシ!この庭で女子生徒たちにぶどうの苗を育てて貰おう。ここで苗を一年~二年育てれば、ぶどう農家に売れるではないか?」と女子生徒ととりあえず記念植樹をした。この地に次来た時には、見事に苗が育っているだろうと思い描きながら学校を後にしたが、頭のなかでは電卓が動き続けていた。
(CODE事務局:アフガニスタン担当 村井雅清)

アフガニスタンからの贈り物に感謝!!—13

昨日2021年8月31日、アメリカがアフガニスタンから完全に撤退した。あらたな歴史の一ページが始まった。タリバンのムジャヒド報道官は、「米兵が去り、われわれの国は完全な独立を勝ち取った」と独立宣言を発表した。しかし、考えて見れば国際社会の中で、それぞれの国が国家を形成した時から、まずお互いがお互いの国を尊重するには、「それぞれの国の独立権を認める」というところから出発したのではなかったか?
今朝のマスコミの見出しから、「敗北から何を学ぶか」という論調が目につくが、「敗北から」ではなく、そもそも原点を見失った見識のなさであったのではないか?そして、大国の責任のみならず、世界中の一人ひとりが、20年だけではなく、アフガニスタンの長い歴史とあらためて向き合う必要があるように思う。特に日本は、太古の昔からシルクロードを経て、アフガニスタンとのつながりが深かったと言える。だからこそ、これからの日本の役割が大きいということではないだろうか?

ちなみに1988年にアフガニスタンは「ナジブラ政権」が政治を治めていた。そのナジブラは次のような声明を国際社会に提起していたことも頭の片隅に記憶しておきたい。
-ナジブラは1988年11月26日、国連においてアフガニスタンを恒久的平和と非武装国家にすることを示した。また89年9月、第9回非同盟諸国首脳会議においても、同じ趣旨のことを明らかにした。こうして大国の狭間にある小国や周辺国が、派手ではないが、冷戦体制下にあってもみくちゃにされながら、ただ自国人民の解放だけでなく、真摯に世界平和に貢献しようとしていた事実を、我々はそれとして銘記したいものである。これもアフガニスタンが、(一国だけではないが)現代社会に提起した課題であった。―
(佐々木辰夫『アフガニスタン四月革命』スペース伽耶2005.10より引用)

昨日のレポートで紹介したが、アフガニスタンのぶどうは4000年前からアフガニスタンの国でいのちをつないできた。CODEがぶどうにこだわるのは、アフガニスタンの人々の暮らしに触れることができるからでもある。そして、イランでは紀元前からあったとも言われる“いのちの水”カレーズがアフガニスタンにも伝わり、アフガニスタンの人々暮らしを支えてきた。
さて、とにもかくにも理屈抜きにいま、日本政府がやらなければならないことは、アフガニスタンからの国外退避を願っている人たちすべてに、「いのちのビザ」を発行し、そのビザが有効に使えるようにいかなるサポートも惜しまないということだ!
(CODE事務局:アフガニスタン担当 村井雅清)