ミャンマー・サイクロン被災者支援ニュースNo.15

サイクロンの被害に遭い、住む家をなくした被災者が避難場所にたどり着いてからも
困難な生活を送っていることが報告されています。その中で地域の教会が避難所と
なり、教会同士の助け合いが行われていることは希望を感じさせてくれます。
<以下はCODE翻訳ボランティアさんからのものです。>
情報源:World Relief   2008.5.21 レポートより抜粋
遠く離れた被災コミュニティへの支援
Kawtmu
全ての家が崩壊して、30家族が教会に避難していた。食料の蓄えはすぐになくな
り、人々は毎日の食事に米さえも十分に食べられない。一日おきに、わずかな米粒
を水の中でつぶした粥を食べていた。5人の子供がすでに慢性的な下痢に苦しんで
いた。我々のチームにいる医師は子供達を診察し、チームは今後数日間を何とか切
り抜けられるように、米5袋と高エネルギーのビスケットを置いてきた。
Dedayeへの道
Dedayeへ向かう道は食料配給所へ向かって歩いていく人々でいっぱいだった。救援
の車列は道の片側に寄って、歩いてきた人々にビスケットや麺を配り始めた。援助
を待つために、より高い場所へ移動してきた家族が住んでいる一時しのぎの避難所
が道に列をなしていた。誰も清潔な水を持っていない。彼らは近くの小川から茶色い
水を汲んでいた。
Pyapon
99の家が大人の胸の高さにまで達するほどの洪水で壊れてしまった。多くの人が
亡くなった。他の人達は教会に避難して生き延びた。ここではすでに復興が始まっ
ていた。人々の切なる願いは、自分達のコミュニティにとどまることであって、避難
キャンプに行く事ではなかった。
Jaklit
またしても、ここで教会は生存者達の避難所になっていた。しかしこの教会はサイク
ロンによって屋根を失っていた。つまりここには風雨から身を守るものがほとんどな
く、雨が入り続けるという事だ。人々はいまだに怖がっている。しかし、Jaklitの被害
は他の地域の荒廃に比べれば最小限のものだった。救援チームはコミュニティの
リーダーに食料を渡してきた。
Maubin
ある高校は1,300人の家となっていた。ここでは、喪失の痛みが明確だった。家を失
くしたことに加えて、Maubinの多くの人達は愛する人を失ったという体験を持ってい
た。ある1人のおばあさんは、2人の子供と12人の孫をサイクロンで亡くした、と涙な
がらに悲痛な話を語った。
サイクロンは夜人々が眠っている間に襲ってきた。多くの人々が服や靴さえ無い状
態でいた。ヤンゴンの教会のグループはこのコミュニティの窮状を聞き、服や靴、
油、蚊帳、食料そしてその他の基本的な生活必需品を集め、その日のうちに配っ
た。それらはなんとしても援助が必要なコミュニティにとって目に見える希望であっ
た。
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