ハイチ地震レポートNo.20

通信事情が悪い中で、クワテモックさんからメールが来ましたのでご紹介します。
-私はレオガンのラジオ・クールに出演し、神戸市民からのメッセージを伝えました。日本在住のハイチ人からとメキシコの被災者からのメッセージも伝えました。彼らは来週月曜日の私の生放送インタビューをポルトープランスのラジオ・カリブで流してくれる予定です。
 私のレオガンの拠点では、この地域の被災者を救うために医療ネットワークを確立しようとしています。現時点では我々はレオガンで活動する唯一のNGOです。
もっと書きたいですが、この地域は電気が無く、インターネットもありませんので、連絡し続けることは難しいです。いずれにせよ、少しずつですが、私は動きやすくなっています。10日間ほどの延長を追求します。-
というものです。さて、ハイチへメッセージを贈る活動を、ラジオ関西さんと一緒にしていますが、先日阪神・淡路大震災の被災者からも届けられ、早速現地語に翻訳して頂きクワテモックに送付しました。その中の一つを紹介させて頂きます。
-地震直後から半年間は、「なんで私たちだけこんな目に?」と「なんで私たちだけ生き残ったのか?」という二つの気持ちが衝突して、葛藤した日々でした。もし同じ気持ちを抱えていらっしゃる人がいれば、どうか一人ではないことを忘れないでほしいと思います。(Y・K)-
 今回、ハイチ地震の被災者の振る舞いを見ていて、阪神・淡路大震災でも注目された「自助」「共助」の意味が、より具体的で、身近なものとして捉えることができました。
 これだけの被害に遭いながら、自分たちの国のことだから自分たちでできることはしよう!という姿は、世界中の人々に感動を与えてくれます。KOBEの地から遠く離れていても、寄り添っている誰かを介していれば、こうしてつながり、共感もできるということを証明してくれます。いま、私たちが何をしなければならないのか?
このことをしっかり考えさせられる毎日です。
 15年前、私たちは「支えあいは自立から」と言ってきました。いま、このことを実感を持って言うことができます。15年前、私たちは誓いました。
-被災地の私たちは、自ら「語り出す」「学ぶ」「つながる」「つくる」「決める」行動を重ね、新しい市民社会を創造していく力を養っていくことから、私たち自身の復興の道を踏み出していくことを、強くよびかける。-(『市民とNGOの「防災」国際フォーラム』神戸宣言1995より)

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