シスター須藤 講演と対談 No.2

「経済制裁と貧富の格差」

シスター須藤がハイチに行った頃は、デュバリエ親子二代による独裁政権(1957~1986年)の渦中で非常に厳しい状態ではあったが、逆に政情が安定していたという。政権崩壊後はクーデターの連続で、町中で銃撃戦を行われ、住民も避難する状況であったという。そんな中で国連による経済制裁が最も苦しかったとシスターは言う。

経済制裁によって石油の輸入を止められた事で井戸から水もくみ上げることさえも出来ず、病人を多数抱えるシスターの病院では死活問題だった。国連のやる事がその国の人にどれだけの危害を加えたか、とつくづく感じたという。

また、この時、国民の2%と言われる大金持ちは、豪邸のプールに石油(重油)をため込み、病気になるとすぐに自家用機でマイアミまで飛んで行くそうだ。2%の最裕福層と80%以上の貧困層の厳しい格差を見せつけられたシスターだった。

どうすればこの国がよくなるのか、どうようにしていけばこの国の人たちがよくなるのかを考える事も出来ない、想像を絶する状態だったと当時を振り返る。その後、少しずつ状態が良くなりかけたハイチにM7.0 の大地震(死者22万人以上)が襲った。地震がハイチを元の状態に戻してしまったと語るシスターだった。

(つづく)(吉椿雅道)

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