CODEスタッフの尾澤良平が4月23日~30日の予定でイタリア入りをしていますが、23日、24日のレポートが来ましたので、主な内容をお伝えします。
当初規制があった交通機関も、ラクエラの中心半径500メートル以内の規制を除けば、ローマ市内から1時間半から2時間で行けるようです(ローマ市内のほうが渋滞している)。
以下、尾澤のレポートより抜粋します。
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<4月23日>
ラクエラ郊外で、中心地を上から見下ろした写真を取ろうと訪れたのですが、途中でロシア系の移民に話しかけられ、一緒にその地域のテント村をおとずれました。そこには食堂と教会を兼ね備えた25メートルプールくらいのテントがあり、二つが半分づつに分かれていました。教会はあぶないので、取り壊されたみたいです。壊す時の動画もみせてもらいました。そこで市より支給されているご飯をいただきました。ミートソースのパスタとレタス、鶏肉をいただきました。それぞれ極めて質素な味ですが、量はとてもあるようです。その食堂には長テーブルが10個、長いすが20、そして教会、卓球台が1台、サッカーボードが一台(ヨーロッパにありそうな、くるくる選手人形をまわすやつです。)。このテントの中にいたシスターは被災者ではないが、お手伝いをしているということです。
ロシア人のお兄さんは日本から来た、ということで、とても丁重に扱ってくれ、対策本部まで連れていってくれました。そこで市民保護局(civil pretection?)の代表者と会い、「何かお手伝いできることはないですか?」と尋ねると、「海外からのヒューマンサポート、物資サポートは必要ない」といっていました。しかし、そのロシア人が「こいつは日本から防災や復興をしようと来た大事なやつだ」と言ってくれ、ラクエラの内部に入って調査をすることを許してくれるようにお願いしてくれました。すると、次の日に来て、入ろう、と許してくれました。
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24日のレポート(被災者の生の声もあります)は、次号でお伝えします。