投稿者「code」のアーカイブ

アフガニスタンからの贈り物に感謝!!—23

9月16日テレビ朝日デジタルニュースで「歴代米国大統領ら アフガン難民支援団体を設立」(9/16(木) 8:39配信)と報じられていた。内容は「、アフガニスタンからの難民を支援するため、アメリカの歴代大統領らが新たに支援団体を立ち上げた」と。「歴代大統領のクリントン氏、ブッシュ氏、そしてオバマ氏とその夫人らは14日、アフガニスタンからの難民を支援する団体、『ウェルカムUS』を立ち上げました。」とのこと。アメリカにとっては“罪滅ぼしか?”と揶揄されても仕方がないが、でもこれまで「失敗の20年」に関わった国々では、最も早い具体的な支援声明でもある。

一方、日本政府は外交辞令的な発言は、菅義偉総理も、茂木外務大臣もしているが、アメリカのような具体的な独自支援は明確ではない。
まだアフガニスタンには、日本政府の事業でお世話になった約500人のアフガニスタン人関係者が、身を潜めながら国外退避を待っている。もちろん、外務省はじめ政府関係者、そしてJICAの職員たちは、きっと水面下でタリバンとの交渉はじめ、尽力されていることと思う。
しかし、あまりに遅い日本の対応に業を煮やしたのか、元外務大臣田中真紀子さんは、「残念ながら今後も我が国の政府はあてにならず、これ以上座視していられないとしてNGOを通じた民間ベースの支援活動を支援していく」と官民の復興基金を模索しているようだ。(毎日新聞 夕刊 2021・9・15)
相当お怒りのようだが、コロナ対応しかり、今回のアフガニスタンからの国外退避しかりで、当然の怒りでしょう。アフガニスタンの一連の事象に対して「NGOを通じた民間支援」という提案をされたのは、彼女が最初だろう。日本のNGOもこの20年間、アフガニスタンの各地で人道支援事業に尽力されてきた。それは、現地の多くの人たちの協力があったことはいうまでもない。韓国のように「特別功労者」として受け入れることが必要だ。「ビジネス外交」のような国際協力しかしてこなかった総理もいたが、こういうときこそ、本当の国際協力の在り方が問われている。

何度も繰り返し恐縮だが、このことは私たち一人ひとりにも問われていることだ。
(CODE事務局:アフガニスタン担当 村井雅清)

アフガニスタンからの贈り物に感謝!!—22

9月14日付け神戸新聞「人」欄に、フィリピンのイスラム暫定自治政府首相アドバイザーを務める「落合直之さん」という方が紹介されていた。彼は「自治を求めるイスラム勢力と政府軍による紛争が40年以上続いたフィリピン南部ミンダナオ島で、和平プロセスの実務を担うイスラム暫定自治政府のトップ、ムラド・エブラヒム首相のアドバイザーを4月から務める」とのこと。凄い人が日本人でいるのだと驚嘆させられた。単純に比較はできないことを承知で、アフガニスタンも40年以上の戦禍に見舞われた。こういう人が、アフガニスタンにも現れないのかと望むのは、無いものねだりなのか?

他方、毎日新聞同日付けの記事で「UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)の森山毅さん」という方が紹介されていた。なんと森山さんは、タリバンがアフガニスタンの首都カブールを制圧した現場にとどまっているとのこと。彼は、2020年9月から同事務所で勤務されているそうだ。
彼は「過去の統治下では女性の仕事や教育を否定したタリバンだけに、今後女性スタッフらの扱いがどうなるのか、UNHCRが注力してきた女子教育の推進に影響が出るのか『懸念している』と」同紙は紹介し、加えて「アフガンはこれからも人道援助が必要。スティ・アンド・デリバリー(残って支援)が我々の任務だと強調し、日本からの支援継続も求めた」「UNHCRで20年以上難民や避難民の支援を続けてきた。今回の仕事をやらなければ、何をやってきたのかということになる。今までで一番重要だ」とも(同紙)。

今、ほんとうに私たち一人ひとりが何をしなければならないのか、しっかりとアフガニスタンと向き合わなければならないと、考えさせられた二人だ。心から敬意を表したい。
(CODE事務局:アフガニスタン担当 村井雅清)

アフガニスタンからの贈り物に感謝!!—21

アフガニスタンから、JICAの現地スタッフが2家族10人が日本に到着されました。報道によると自力で、陸路で脱出を果たしたとのことです。一方で、14日の朝日新聞デジタルニュースによれば、先に唯一日本として国外退避をした安井浩美さん(ジャーナリスト)のインタビュー記事「行く手阻んだタリバンの検問 唯一退避の日本人、緊迫の出国劇を語る」が紹介されていて、その中で安井さんは、(何度かの検問で)「アフガニスタン人は絶対に脱出を許さないという意思を感じた」と言っています。安井さんの話から推測すると、先の2家族は、自力の陸路ですから、道中どれほど不安だったかと思うと、胸が痛みます。
まだ約500人のアフガニスタンの人たちが国外退避を希望しているとのこと。残念ながら、CODEが現地でお世話になった人たちが、もし国外退避を望んでいても、この500人には入っていないでしょう。朝日新聞によると、現地スタッフらの退避実現や人道支援の継続などを求めて、13日に、日本国際平和構築協会(長谷川祐弘理事長)などに所属する有識者や、滝沢三郎・元国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)駐日代表ら計26人による声明が、鷲尾英一郎外務副大臣に提出されたと報じられている。そして日本のNGOネットワークでも、当NGOのようにNGOに雇用されていた現地スタッフやその関係者など、国外退避を望むすべての人の退避実現を求めている。
日本政府が、すべての人の国外退避に全力をつくすと決断し、電子ビザを発行すれば、これまで何らかの形でアフガニスタンの人々に協力をして貰いながら、人道支援をしてきた日本のNGOにとってはにとっては、心強い後押しになります。
韓国が390人を救出した「ミラクル作戦」は見事な行動でしたが、加えて素晴らしいのは韓国政府は「難民ではなく『特別功労者』として受け入れた。」と言っています。日本政府も是非、これに倣って欲しいと、強く願います。
(CODE事務局:アフガニスタン担当 村井雅清)

アフガニスタンからの贈り物に感謝!!—20

20年前の9月11日、私は1999年に発生した台湾地震の被災者支援で、何度目かの台湾入りをしていた時だった。日本へ帰る前日に台北のホテルで宿泊していて、朝テレビをつけると、アメリカの世界貿易センタービルが崩れていく映像が流れていた。一体何が起きているのか、しばらくは理解できなかった。やがて、それが後に云う「9・11」となった。翌、帰国の途に向かう飛行機の中で、日本の新聞を食い入るように読んだ。詳しくは覚えていないけれど2紙か3紙を読んだ。
驚いたのはどの新聞も1面のトップ記事の大見出しが、「犯人はアラブ系か?」と「?」がついていたことだ。確定していないから「?」がついているのに、1面トップにあげられるとは、いったいどういうことだと憤慨したことを思い出す。これがもし「犯人は日本人か?」となれば、私はきっと飛行機になど乗れなかっただろうし、私だけではなく日本人はどのような思いで身を小さくしていただろう・・・・?と思った。そして機内のテレビでは、当時のアメリカのブッシュ大統領が「アメリカにつくか、テロにつくかだ!」と叫んでいた。他に選択肢はないのか?と、また憤りが・・・・・・。
つまり、この日からアメリカと世界中の多くの国がアメリカ側につき、報復戦争が始まったということである。今年に入ってアメリカが「8月中にはアフガニスタンから撤退する」と宣言してからは、誰もの予測を裏切って、タリバンは完全独立をめざしてアフガニスタンの全土制圧が進み、8月15日に首都カブールを制圧した。この日以来、メディアは「アメリカの失敗」「アメリカはアフガニスタンを見捨てた」「20年の失敗」という論調が今も絶えない。
しかしそれで充分なのか、疑問を感じる。先述したようにあの日をふり返ると、20年前にアメリカの号令とともに一歩踏み出したすべての国が失敗したのだということを、誰もが胸に刻み込まなければならないと強く思う。

20年目の今日、次の二つのニュースに目が止まった。
●アフガン駐留に異を唱えて政府の職を辞した米兵の「我々はなぜ、何のために戦争をしているのか。負傷者と支出を出し続ける価値が見えないのです」と辞表に書かれたことを紹介されていた。                                   (朝日新聞 2021・9・11より引用)
●「9・11」の犠牲者2977名にうち、日本人が24人含まれていた。そのうちの一人で銀行員だったつれあいを喪った奥さんは、「暴力で夫の肉体は奪われても、私たち家族の夫を思う心までは奪われていない」「テロへの憎しみではなく、幸せを感じる心を育ててきた」とコメントされた。
(毎日新聞 2021・9・10より引用)
この20年は、何だったのか?あらためて考えさせられた一日だった。
(CODE事務局:アフガニスタン担当 村井雅清)

アフガニスタンからの贈り物に感謝!!—19

今朝、NHK TVから流れてきたのは、「タリバンがアフガニスタンの暫定政権の新閣僚を発表した。しかし、女性閣僚はいない」というニュースだ。しかも、主要ポストには、米国の制裁対象になっている「ハッカーニ・ネットワーク」も入閣していると。報道官は、まだ追加閣僚の検討に入っているとも。
一方で、連日のように女性が多く参加した市民デモが行われており、昨日は約500人に膨れ上がり、デモが大規模化していることが覗える。心配だ。

さて、CODEは2003年からぶどう農家の再生支援を始めたことはすでにお伝えしたが、この時には同時に首都カブールで「女性の自立支援」も掲げて、女性センターの支援も行った。この頃は、各国のNGOや国際機関が多数、カブールに入り同じく女性支援を行っていた。しかし、CODEはぶどう農家の再生に資金を投入していたので、女性センターに支援すると言っても資金がなく、建物の一部増築や寒かったのでストーブを提供しただけだった。他の地域でドイツのNGOが、女性の生計向上を目指し、大量のミシンを提供して、縫製技術の普及に努めていたのを、恨めしそうに見ていたのを思いだした。
ビックリしたのは、難民キャンプで英語を勉強した中学生が先生になって、生徒に教えていたことだ。生徒と言っても、10代から40代という幅広い女性を対象にしていて、とにかく学んでいる誰もの目が輝いていたのが忘れられない。
こうした女性の学ぶ姿勢を思い出すと、今回のタリバンの政権奪取で掲げる女性の社会参加に対する消極的姿勢は、ほんとうに残念なことだ。イスラム教の教義とは言え、長い目で見てもタリバンにとっては大きな損失だ。私の目に焼き付いている女性のあの輝かしい目は、社会の財産だ。

アフガニスタンやパキスタンの地域研究を専門とする登利谷正人講師(東京外国語大学)は、昨日の毎日新聞夕刊のインタビュー記事で「国際社会は緊急援助だけではなく、長い目でどう支援するかを考えて欲しい。女性や少数派の権利は普遍的な価値だと思うが、即座に変えようとすると必ず反発が起きて混乱する。タリバンを含め、アフガン社会全体で受け入れ可能な形で、社会を少しずつ変えていくための方策を考え、長期的な支援をしていくべきだ」と提言している。紛争時の“一時停戦”ではないが、女性に暴力を働くことや、むやみに拘束することを即座に止め、根気よく対話を続けるテーブルをタリバンが用意して欲しい。暴力に訴えても、何も解決して来なかったという辛い経験は、この40年間にわたって体験してきたことではなかったのか・・・・・?
タリバン政権は、人道支援をしているNGOの行動を妨げないとも言っている。女性が自由に、社会参画をするということは、人道支援でもある筈だ。身体を張って“社会的弱者”を守っているのは、いつも女性だからだ。
(CODE事務局:アフガニスタン担当 村井雅清)

アフガニスタンからの贈り物に感謝!!—18

昨日の本アフガンレポートで「日本政府が育成を支援してきた女性警官を含め、女性の政府職員についてアフガン社会に『必要だ』と認める見解を示した」ことを紹介しましたが、あろうことか、CNN7日のデジタルニュースで次のようなニュースが流れました。「タリバンが妊娠中の女性警官を家族の前で殺害した」と。
ここ連日国内のニュースでも「タリバン統治下での女性の抑圧に関する懸念が一段と高まっている」ことが報じられていますが、先の事件は絶対に許せないことです。タリバンは「女性の死に関与していない」と報道には釈明しているようですが、この事件が起こったことは否定できないでしょう。同CNNによれば、息子さんは、「実行犯を見つけ出して裁判にかけるよう政府に要求。何も対応がなされない場合、私的制裁に訴えざるを得ない可能性があると警告した。」とのことです。先日も、女性が教育や就労機会の自由を!とデモが行われたことを触れました。こうした女性の行動に、圧力をかける意味も否定できないのではないかと思われます。というのは、昨日9月6日のJIJI.comによると、「アフガニスタンで権力を掌握したイスラム主義組織タリバン(Taliban)は4日、私立大学に通う女子学生に対し、『アバヤ』と呼ばれる長衣と、顔のほとんどを覆う『ニカブ』の着用を命じた。教室も男女別とし、少なくともカーテンで仕切ることが義務付けられた」と報じているのです。
ちなみに「ニカブ」はブルカのように全身をすっぽりと覆うものではなく、目以外の顔全体を覆うもの。同時事は、「近年、首都カブール市内ではブルカやニカブを着用する女性はほぼいない」とのことで、確かに私が出入りしていた2002年から行くたびに、女性の服装が変わってきていると感じた記憶があります。でも、カブール市内をチャーターした車で走っている時に、女性が同乗している時は、窓から硫酸をかけられるという事件が相次いだので、全体に窓を開けてはいけない!」と注意されたことを思い出します。
また「タリバン(Taliban)の教育担当責任者は29日、女性が大学で学ぶことは許されるが、男女が同じ教室で授業を受けることは禁止すると発表している」(8月30日JIJI.com)
「アフガニスタンでは、この20年間で大学進学率が上がり、特に女性の進学が増加。女子学生は、これまでは男子学生と並んで授業を受け、男性教授のゼミを受講することもできた。」とも(同JIJI)
やはり、特に女性にとっては以前のように恐怖政治が敷かれるのか・・・・・、恐怖と不安が消えない日々が続くような予感がします。
(CODE事務局:アフガニスタン担当 村井雅清)

アフガニスタンからの贈り物に感謝!!—17

タリバンが唯一制圧できなかったアフガニスタン北東部パンジシール州の反タリバン勢力が、条件付きではあるが、和平交渉の成立可能性を示した。タリバンは同意していないという報道もあるが、間違いなく遅々と進んでいると期待したい。また、タリバンによるカブール制圧後、首都カブールの国際空港からはじめて国内線(ヘラートとマザリシャリフへ)が飛んだというニュースも。加えて複数の国々の幹部は、タリバンの政治局があるカタールのドーハに、大使館を置くという努力をしている。なんとか平和裏に解決して欲しいと願いたい。

ただ、一方でタリバンが最も国際社会に認められるには、女性の教育や就労の自由を保障することだ。タリバンは一貫してイスラム教の教義の枠内でと固執しているが、それでは国際社会はには信頼されない。
先日4日、男女平等や政治参加を求める女性たちの集団が抗議デモを展開した。残念ながらタリバンと衝突し、タリバンは催涙ガスを使用し、また銃の弾倉で頭部を殴り負傷させた女性も出た。
そうした中で、日本の文民支援に以下のような支援があったことを思い出した。
—アフガニスタンの反政府勢力タリバンの幹部が、時事通信の取材に対し、日本政府が育成を支援してきた女性警官を含め、女性の政府職員についてアフガン社会に「必要だ」と認める見解を示した。外出など女性の権利を制限してきたとされるタリバンの幹部が、女性の社会進出に関し肯定的反応を示すのは異例だ。タリバンが関わる体制下でも「女性が犯罪に関わるケースがある。女性警官や検察官は必要だ。政府内では他にも女性が必要な部署はある」と述べた。アフガニスタンでは、部族的家父長制が根強く残り、家庭内暴力(DV)も横行している。家庭内では男女の居場所を厳しく区別する習慣も存在し、これに阻まれ男性警官が問題に踏み込めないケースが多かった(8月2日 JIJI.com)-と。
こうした解釈ができるなら、もっと女性に自由を保障することは不可能ではないということだろう。

さて、CODEのパートナーも国外退避を望んでいるが、まだまだアフガニスタンには、同様に国外退避望んでいる人たちがいる。各国の大使館もタリバンとの交渉や関係国との連携を模索する中で、無事に誰ひとり残すことなく国外退避をさせることに全力を尽くしている。CNNのデジタルニュースによると、「欧州議会(European Parliament)のダビド・サッソリ(David Sassoli)議長は1日、スロベニアで開催された会議で、タリバン政権から逃れるアフガン移民の流入に欧州連合(EU)は備える必要があると警告。『この作戦に参加したわれわれは、アフガニスタンが自分たちの問題ではないというふりをすることはできない』と述べた」と報じている。アメリカの責任のみを追及する国もあるが、私たち一人ひとりを含めて、同議長の言う通りではないかと痛感する。
私たちCODEは、アフガニスタンのF・Lさんとその家族が無事、国外退避ができるように、あらゆる方法を駆使したい。
(CODE事務局:アフガニスタン担当 村井雅清)

アフガニスタンからの贈り物に感謝!!—16

みなさまにはいろいろとご心配をおかけしています。これまでの多くの応援メッセージに心から感謝を致します。ほんとうにありがとうございます。
現地でレーズンの出荷のお手伝いをして下さっている彼(F・Lさん)から、少しずつ状況が伝わってきました。
F・Lさんは、いろいろな知恵を工夫し、国外退避を希望していることが伝わって来ました。こんな時には、複数の情報がF・Lさんに集まりますが、同時に情報が多いと混乱もされます。
CODEは、寄せられる情報をF・Lさんに伝えますが、あくまでも基本的には、F・Lさんが選択した方法を最大限支援すると伝えています。ただ、一番の困難と悩みは家族が多いということ、パスポートを持っているのが二人だけ、という国外退避を望むものの、ほんとうに退避できるのかという不安もあります。アフガニスタンの事情に詳しい友人の指摘では、「今、動く方がむしろ、リスクが大きくなるのでは?」というアドバイスも頂いています。日本人で唯一国外退避を実現された安井浩美さんとも交信ができました。現地の事情をよく知る彼女のメッセージには、勇気を頂くことができます。
「○○地域のぶどうは、しっかり育っていますよ!」と伝えてくれました。CODEは、ぶどうを通して、アフガニスタンとつながり、アフガニスタンの生活の一端に接し、いのちの水を供給するカレーズに潜り、少しでもアフガニスタンの暮らしに寄り添うことができたというわずかばかりの体験が蘇ってきます。
一方でF・Lさんの希望が叶えられるようにと、これまでCODEとつながっている人たちが、懸命に情報を集め、動いてくれています。ほんとうに有難く、嬉しいことです。
F・Lはじめ家族や親戚の方々が、一日も早く、少しでも安堵できるようなひとときが訪れることを心から祈りたいと思います。みなさま、これからも見守って下さい!!よろしくお願い致します。
(CODE事務局:アフガニスタン担当 村井雅清)

アフガニスタンからの贈り物に感謝!!—15

いよいよタリバンが新政権樹立に向けて、組閣に入ったようです。一方で、以前少し触れましたが、大変心配な事態が予測されます。今朝の毎日新聞朝刊には—タリバンと北部パンジシール州を拠点とする反タリバン勢力の間で続いていた和平協議が1日、失敗に終わった。-という記事が報じられていました。
もし、この報道にあるように、「内戦の可能性」(同紙)が現実のものになれば、このパンジシール州の南に位置するショマリ平原の地域は、戦場と化します。

本レポートNO3で、亡くなられた緒方貞子さん(国連難民高等弁務官)が、カブールに行かれて、このショマリ平原で作業をしている農夫の姿を見て、「この国は必ず復興する!」と確信したという話を紹介しました。先述したように、この地が戦場となれば、こうした農夫たちも、鍬を銃に持ち替え、闘うことになるのでしょう。もう、これ以上武力による衝突だけは、絶対に避けて欲しいと願います。
何故ならば、この地域は国連のレポートで「98%破壊された」と、1994年から1995年に報道されたのです。偶然、私は国連レポートでこのことを知り、「98%ということは、ほぼ全滅ではないか?」と、後にこの地域を訪ねたところ、ほぼ100%が壊滅でした。目の前の惨状を見て愕然とした記憶がよみがえるからです。しかも、その上で衝撃を受けたのは、この地域の植物や木々を根絶やしにしていたのです。「何でこんなことをするのか?」と聞いたところ、「首都カブールの周辺には人が住めないようにするのだ!」という説明だった。

今回の和平協議が失敗に終わり、報道にあるように再び内戦が勃発すれば、あの悪夢のような事態が再来することは間違いないでしょう。ほんとうに両者のトップが戦争だけは思いとどまって欲しいと切に願います。
(CODE事務局:アフガニスタン担当 村井雅清)

 

アフガニスタンからの贈り物に感謝!!—14

タリバンの完全独立宣言から一夜が明けた。早速タリバンは新体制の調整に入っている。加えて、カブール国際空港の管理について、トルコ政府と調整しているという報道もある。
日本政府としては、とにかく残された日本人関係者およびこれまで協力してくれたアフガニスタン人、そして同じく他の国でまだ国外退避を希望する者がいるならば、その人たちのことも含めて、すみやかに国外退避ができるようにタリバンとのしかるべき交渉や他の国との緊密な情報共有も忘れてはならない。
唯一日本人のジャーナリストの安井浩美さんの手記が発表されているが、「女性の人権を踏みにじり恐怖政治を敷いたタリバンを私は知っているが、以前とは違うようにも見える」とも。そして「私が愛するアフガニスタン。国際社会、そして日本は見捨てないで欲しい。」と訴えておられる。

CODEはぶどう農家の再生支援をしているが、同じ地域で唯一一校しかない「女子学校」の建設も支援した。建設と言っても、実は広いグランドというか荒野のような荒地に、欧州の国が校舎を建てた。しかし、イスラム法の教えで、「女子学校には、外から絶対に見えないように壁がいる。」と言われた。「えっ、こんなに広い土地に壁を作らなければならないの・・・・・?」と天を仰いだ。そのためには相当な資金がいるだろうなぁと頭の中で電卓が動くような感じがした。「なるほど、わかった。しかし、それならセメントコンクリートで覆うような壁よりも、木を密植して植えれば、景観もいいし、生態系にも影響を与えないのではないか?それでどうだろう。」と交渉したが、「ダメだ。少しでも中が見えたらダメなんだ!」と、ガンとして受け入れてくれなかった。日本では考えられないことだが、イスラム法の教えと言っても、ここまでして女性を守るというのも凄いことだとなぁと思った。
恐る恐る見積もりを提示して貰うと「230万円」という金額だった。2度目の天を仰ぐことになった。
CODEの支援のモットーには「支援する相手国の宗教や文化を尊重する」と掲げてある。「泣きたいほどつらいけど、やむを得ないか。この地域の人の仕事になり、少しでも生活支援につながるし……。」と、自分を慰めるしかない。
すでに広いグランドに、小さなテントを10張ほど支援した。そのときの子どもたちの笑顔が目に焼き付いていたので、これで安心して勉強ができると思うと、この学校は子どもたちにとっては、かけがえのないことだ!と。
「ヨシ!この庭で女子生徒たちにぶどうの苗を育てて貰おう。ここで苗を一年~二年育てれば、ぶどう農家に売れるではないか?」と女子生徒ととりあえず記念植樹をした。この地に次来た時には、見事に苗が育っているだろうと思い描きながら学校を後にしたが、頭のなかでは電卓が動き続けていた。
(CODE事務局:アフガニスタン担当 村井雅清)