青海省地震レポート 19

四川省地震の救援プロジェクトで成都に滞在しているYさんが、6月初め、青海省地震の被災地に入りました。そのレポートを数回にわたってお届けします。
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~玉樹への道~
 青海省の被災地、玉樹に入った。四川大地震以後、多大なご協力を頂いている成都のゲストハウスのMさんと地震後、今も奮闘している中国人ボランティアリーダーのXくん、そして四川のチベット人ドライバーの4人で被災地玉樹へと向かった。成都を出発し、朝、7時頃から夜の11時頃まで車を飛ばし続けて2日半の長旅であったが、車窓から見える標高4000m前後のチベット世界は素晴らしい風景であった。
 チベット人の多く住む四川省甘孜(カンゼ)チベット族州の「カンゼ」という名は、チベット語で「白く美しい」という意味で肥沃な自然を表すという。その名の通り、周辺の山々にはスギやマツ、トウヒ、モミなどの針葉樹の姿を見る事ができ、集落にはその樹々をふんだんに使った非常に立派な木造家屋が建ち並んでいる。一見、欧米のログハウスのように丸太を積んだだけのようにも見えるが、ホゾとクサビを使った伝統構法の木構造にチベット風の石積みの外観は非常に風景に馴染んでいる。
 1973年の爐霍大地震(M7.9 死者2175人)後に、このような木造家屋が増えたようだが、聞くところによると、昔は自分達で山に入って木を伐って来ていたそうで、最近では林業局の規制も厳しくなって勝手に伐る事は出来なくなったという。約3億人が被災したと言われている1998年の長江大洪水の後、事態を深刻に見た中国政府は、その後、四川省など長江上流域での森林伐採を禁止する政策をとった。いわゆる「退耕還林」である。
 一方、被災地、玉樹周辺は標高約3700~4500mの高地は森林限界に達しており、玉樹の中心地、結古鎮の周辺には森林と呼べる所はほとんどない。5~6000m級の雪山と広大な草原とわずかな低草木がひろがるのみである。結古鎮やその周辺でも四川のような木造家屋は見る事はできない。この地震で倒壊した家屋の多くは、地元で手に入りやすい土と石などを使った質素なものであった。同じチベット高原でも地域によって建築のあり様は様々である。
下流の急速な経済発展のために上流の森林が伐られていく。そして今度は伐るなと言われる。長江、黄河、メコン河の上流域であるチベットの自然は、時代の大きな変化に翻弄されてきた。

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