ハイチ地震レポート No.38

 前号では、被災移住者を受け入れている地域で繰り広げられている感動的な支えあい活動を紹介させて頂きました。
 ハイチの歴史を知る人たちの中には、「ハイチの国をダメにしてきたのは、外国が介入してきたことが原因だ!」と分析する方もおられます。そう言えば2004年のインド洋沖地震津波災害の時にも、インドネシアのバンダ・アチェに海外からの大量の支援が入り、アチェの人々の主体性を損なったという指摘もありました。地元のNGOなどは相当な怒りを露わにしていました。この後、NGOはじめ国連も含めて海外からの援助機関は、災害後の支援のあり方について随分と議論もされたようです。
その後インドネシアの中部ジャワ地震の時には2004年の失敗が生かされ、被災地に当事者主体のネットワークがすぐに立ち上がりました。この2004年の津波災害の時には、CODEはスリランカに入りその後支援プロジェクトを展開してきましたが、正直インターナショナルNGOと言われる大きなNGOが現地で展開していた支援プロジェクトを見て唖然とさせられたことを思い出します。ある漁村に言って、漁師と話していると「(我々に対して)あなたたちは私たちに何をしてくれるのですか?」と聞かれました。初対面で初めて会ってまだ何も話しも聞かせて貰う前のことです。「えっ、どうしてですか?」と聞き直したら、「○○のNGOは、船も、漁具も、仮設住宅も提供してくれた。次はあそこに恒久住宅も提供してくれる!」と遠くの丘を指さして説明されるのです。「そうですか、私たちは小さな小さなNGOですから、申し訳ないですが阪神・淡路大震災の経験しか語れないのですよ。これKOBEから持ってきたハンド・クラフトだけどよかったらどうぞ!」って、阪神・淡路大震災の被災者が作っている”まけないぞう”をおいて帰りました。そのとき、その漁師はすぐに椰子の木にの登って、椰子の実を採ってくれ、その場で切って、飲ませてくれました。きっと通じたと思いました。
 さて、丁度先日19日から21日まで神戸で「世界災害語り継ぎフォーラム」が開催され、初日のオープニング・シンポジウムに登壇されていたバングラディシュのムハンマド・サイデュール・ラーマンさん(バングラディシュ災害予防センター所長)が、「海外からの支援はほんとに被災者地震をエンパワーするものになっているかどうかを考えなければならない!」というような発言をされていたのが印象的でした。
 今回のハイチ地震では過去に経験しない、首都が壊滅状態になるという大規模な被害となり、しかも被災地からの国内移住者が約50万人にも達するという事態に戸惑いを隠せないのも事実でしょう。しかし、世界中の叡智をハイチに投入すれば、ハイチの再建は可能であり、しかもこれまでにない理想的な災害からの再建を築くことができると願っています。いま、しばらくハイチを見守りましょう!!
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FMわぃわぃは、ミュージシャンのソウルフラワーユニオンと協力して、ハイチ地震で大きな被害を受けたコミュニティラジオ局の支援活動を始めます。ソウルフラワーユニオンの特製Tシャツ「HAITI HEARTS CONNECTED WITH US!」(私達の道は、ハイチの人々の心と繋がってる)の売上金(一枚3,000円)の一部を、FMわぃわぃを通じてハイチ地震で壊滅的な被害を受けたコミュニティラジオ局に届け、一日も早くハイチの人々に希望の音楽を届けてもらおうという活動です。
購入方法など詳しいことは、3月22日(月)12時からの番組「まちはイキイキきらめきタイム」にソフルフラワーのヒデ坊こと伊丹英子さんが生出演しました(12時5分-12時15分・担当/吉富)ので、番組内でお知らせもしました(http://www.tcc117.org/fmyy/index.php?e=669#more)

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