特別編 アメリカ同時多発テロ (2001年9月11日)

グランドゼロで想う
あの9・11から12年が経った。12年と言えば東洋では十干十二支や月日、方位のようにあらゆるものが一巡する刻の長さで節目でもある。
6月にハイチに行く際に、ニューヨークに立ち寄った。NYに来たらここだけは見ておかないとと思い、2001年9月11日に起きた同時多発テロのあった世界貿易センタービル(WTC)に向かった。
「グランドゼロ」と呼ばれるその場所は、テロによって崩落した世界の富の象徴であるWTCの跡地の事で、未だ再開発工事の最中で、周りを高い塀に囲まれている。長蛇の列に並び、数十ドルのドネーションを払った。すぐに厳重なセキュリティーを受け、工事の塀を抜けると広場に出る。そこには水の流れるプールが2つあった。これは、ツインタワーの北棟、南棟の地下の基礎のあった部分で、そのプールの周りに命を落とした犠牲者の人々の名前が刻まれている。どこかで黙祷を捧げようと思ったが、そのような事をする場所や人も見当たらず、プールに向かって一人合掌をした。
上を見上げると超高層の新しいタワーが建設されていて、12年前にこの上空に飛行機が突っ込んだと想像するだけで背筋がゾッとした。
広場には世界中の観光客が集っていて写真を撮ったり、座って語り合ったりするような何気ない日常の公園のような雰囲気だった。悲壮感はあまり感じず、唯一焼け残った1本の樹のみが何かを語っているようだった。
あれから12年を経てアメリカはシリアへと軍事介入をしようとしている。今回はさすがに議会や市民の承認を得られそうにもないが。
「グランドゼロ」という名は、元々、広島・長崎の原爆の爆心地を示していた。このテロによる惨状が広島・長崎を想起させることからこのWTC跡地もこの名で呼ばれるようになったという。原爆(HIROSHIMA/NAGASAKI)、テロ(WTC)、原発(FUKUSHIMA)が起きる根っこはどこかつながっている。
あの時、ここで起こった事実は何を物語っているのだろう、と思いながらNYを後にした。
(吉椿雅道)

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