アフガニスタン、ラフマンさんご逝去第5報

CODEスタッフとしてJICA草の根技術協力事業(2007~2009)やCODE10周年シンポジウムの際にラフマンさん達に同行した尾澤良平さんよりメッセージが届きましたので、ご紹介いたします。ラフマンさんは日本の若者をいつも応援していたんですね。(吉椿雅道)

ラフマンとの思い出は、現地ぶどう農家さんたちが来日しての農業研修と東北被災地の案内や通訳です。
専門分野の研修は日本語⇔ダリ語の通訳がいました。
しかし、日本滞在中の暮らしや移動の際には、日本語⇔英語⇔ダリ語と僕らを介しての会話が多かったのです。
だからアフガン側のコーディネーター通訳のラフマンとはいつも一緒に話をしてました。
気さくに話ができるラフマンだから、時に真剣に、時に笑いながら、慣れない僕も気持ちよく仕事ができました。
ラフマンの長すぎるスピーチネタ(気仙沼でのスタッフ親睦会のあのスピーチの長さは絶対にネタだった!)では、笑い過ぎて泣きながら握手をし合ったりしました。
彼らの暮らしやテロ・戦争の話を聞くと、段々と自分の生き方も問われているような気がしました。
地域の資源を大切にする農業を彼らと一緒に学ぶ中で、僕も食べ物や農家さんの大切さを感じはじめました。
東北を一緒に回った時、仙台での夕食の後、「僕は百姓を始めようと思う」と自信なさげに言ったら、ラフマンはいきなり「おめでとう!」と言って握手してくれました。
自信も資金も技術もない僕の現状を、心配してくれたり、支援してくださったりする方は多いですが、いきなりの「おめでとう!」は後にも先にもラフマンだけだと思います。
日本とアフガン、支援者と受援者、生産者と消費者、先輩と若者など、さまざまな背景、壁を越えた一言だったと、今も自分の原動力の一つとして勝手に大事にしています。
このような声かけがすぐにできたラフマンの人生に心より感謝申し上げます。(尾澤良平)

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