“よみがえれ アフガニスタン '05” 現地レポートvol.10

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【写真】現地の女子学生と植樹する村井(バンコク、4月7日)

~【CODEの思い】ぶどう畑再生プロジェクトの今~
5月 アフガニスタン ミール・バチャ・コット
<水俣の甘夏みかん>
 たまたま私は、今から約34年前に九州は熊本県水俣に発生した水俣病事件に関わっていました。水俣では水俣病被害から漁のできない被害者が甘夏みかんを栽培している人たちがいました。神戸に住む私は、仲間とともに被害者が栽培する甘夏みかんの産地直売をやり、その収益をもって被害者を支援しようとはじめました。産直をやるまでの甘夏の土地は8種類から16種類の農薬を使用し、出荷前にはワックスもかけて少しでも高い値段で農協に卸そうと工夫をしていました。


ところがその当時、神戸では無農薬運動や有機農業を推進していた消費者運動が盛んで、水俣の甘夏を産直で買って貰うにはせめて小農薬でなければならなかったのです。そこで小農薬にすることをお願いしたのです。ご存じのように水俣病の被害者は、株式会社チッソの排水中に含まれていた有機水銀という有害物質によって被害を受けていたので、小農薬運動に積極的に取り組んでくれました。一時はみかんの成長が低下するという事態にもなりましたが、堆肥を導入しながら、土壌改良をし、一方農薬の変わりにマシン油などを散布するなどの工夫をすることによって、30年が経った頃には農薬はわずか1種類に減り、ワックスをかけなくても、粒の大きい、つやのいい甘夏が収穫できるようになりました。ほとんど無農薬に近い栽培ですから、甘夏の皮をママレードにしても安全です。こうして30年かけた努力が実り、付加価値の高い夏みかんが収穫できるようになったのです。
 この話をシューラのみなさんに紹介しました。みかんの木は一人前になるには20年もかかります。でも、ぶどうの木は3年で換金できるまでに成長します。今から有機農業に取り組み始めても30年はかからないでしょう。小さくてもモデルとなるような畑を確保し、コツコツと実践していくことを願っています。
<CODEの思い>
 今回、2年越しの思いが実り、女子学校に29本の植樹を行うことができました。このことは現地レポートvol.7で触れていますが、何度もあきらめずに提案した結果、了解を得ることができました。「なーんだ、やればできるじゃない!」というほど、あっけないものでした。ただ、なぜ了解を得ることができたのか真意を推し測ることはできませんでした。私としては、これまでの活動が評価され、こちらの思いが伝わり、ようやく信頼関係を築くことができたと思っています。この木が大地に根を張り、すくすくと成長し、豊かな実をつけ、日本とアフガニスタン友好のシンボルとなって欲しいと願うばかりです。まだまだ幹は細く、根は浅いですが、きっと将来豊かな果実を実らせてくれると信じています。木は希望と夢を育んでくれる。あきらめずにやろう!
<ぶどうオーナーはじめ支援者の皆様へ>
 生産者の厳しい再建途上をいつまでも見守り続けて下さることをお願いして~ぶどう畑再生プロジェクトの今~を終わります。なお、参考として今回のアフガン訪問時に感じたことを書き留めたレポートと2004年12月に国際ボランティア学会の学会誌にフィールドレポートとして投稿したレポートがあります。これを一緒に読んで頂ければより今のアフガニスタンの状況とぶどう畑再生プロジェクトが理解されると思います。必要な方は、遠慮なく事務局に申し出て下さい。

理事・事務局長 村井雅清

アフガニスタン「ぶどうの木オーナー」会員募集中!
詳細は http://www.code-jp.org/disaster/afgr/index.html をご覧ください
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CODE海外災害援助市民センター

“よみがえれ アフガニスタン '05” 現地レポートvol.10」への1件のフィードバック

  1. MiniとMinmiと

    ぶどうの木のオーナーになりませんか?

    去年《ことしゃん》のブログで知ったぶどうプロジェクトという
    アフガニスタン支援プロジェクトが今年で3年目を迎えました。
    CODEという阪神淡路大震災のときに
    被災者支援のために結成された
    神戸にあるボランティア組織が
    設立したプロジェクトです。
    以下《ぶ…

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