1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災をきっかけに「困ったときはお互いさま」の心で海外の被災地支援を行っています。
災害時の支えあい・学びあいを通して地球の市民どうしのつながりを築いています。
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アフガニスタン ぶどうプロジェクト(継続中)

(1)ぶどう畑再生支援



アフガニスタン地図



荒らされたぶどう畑
荒らされたぶどう畑(2002年8月)






シューラ
ぶどう基金を管理する協同組合






ぶどうファミリー
ぶどう基金で畑を再生させた家族




◆活動のはじまり
2001年、CODEの前身であった救援委員会は、空爆で被害を受けたアフガニスタンの支援活動を始めました。アフガニスタンではそれ以前にも北東部の地震(1998年)の支援活動を行いましたが、初めて戦争という災害に向き合うことになりました。女性自立センターの建設、女子学校の校舎再建、伝統的な地下水路(カレーズ)の復旧などを行い、2003年から「ぶどうプロジェクト」として現在まで継続する長い活動となっています。

◆「ぶどうプロジェクト」
2003年6月、戦争で被災したアフガニスタンのぶどう農家の復興を支援する「ぶどう基金」が始まりました。カブール州ミールバチャコット県の協同組合を運営主体とし、日本で集めた約300万円の基金を原資として288世帯に融資が行われました。この融資によって、ぶどう農家は道具や苗を買うなどして畑を再生し、翌年の収穫後、112世帯がこの融資を返済しました。これをまた新たな農家へ貸し付ける仕組みで、2013年6月までにのべ537世帯の農家が利用するまでになりました。

◆日本での農業技術研修
2007年から2009年の3年には、JICAの草の根技術協力事業(地域提案型)により、アフガニスタンからの研修生6名が各年1週間ほど兵庫県佐用町や山梨県で各種農業技術を学びました。山梨県のぶどうの有機栽培農家さんからは、剪定方法や棚式の栽培方法、少量の水で育てる点滴栽培、病気の解決法などを現場で教えていただきました。

研修生たちは、学んだことを地元に伝えています。これを実践したところ、収量が2倍以上になったという農家もいます。また、羊や鶏の糞で堆肥を作るなど工夫をし、有機栽培への取り組みも積極的です。

いのちを育み暮らしを営むためには何よりもまず平和であることが不可欠だと、ある研修生が語りました。また、アフガニスタンは干ばつなど自然災害の危機とも常に隣り合わせにあります。戦争も、干ばつや大雨も世界規模の問題であり、日本に住む私たち一人ひとりの行動がアフガニスタンの暮らしにつながっていることを忘れてはなりません。

◆村の様子
プロジェクト地となっている村のひとつ、ミールバチャコット県のババ・カシュカルをご紹介しましょう。人口は約1万2000人。タジク人とパシュトゥン人が住んでいます。上下水設備はなく、カレーズの水が地上に流れ出してくるものを汲んで使います。ウズベキスタンからカブールへとつながる電線がこの村を通っていますが、村にはほとんど電力が供給されていません。男女それぞれの小・中学校があります。診療所もありますが、医師はカブールから通ってきており、週3~4日、午前のみの診療です。この地域の人々は約9割がぶどう農家です。日雇いや雑貨売りなどをしている人もいますが、ぶどう栽培がいかに村の暮らしを支えているか、想像できるでしょう。

◆今後の課題
2010年頃から深刻な課題が現れています。「ぶどうの生産量は上がったが、売るところが無くなった」というのです。実は、これまで重要な市場であったパキスタンへの輸出が、政治的な事情で止められてしまいました。組合はインド等他の市場の開拓や、ぶどうの長期保存といった対策を議論しています。これについてCODEは現地カウンターパートを通して、新たな支援も視野に入れてやり取りを続けています。そのためにもぶどう基金を支える「ぶどうオーナー」をさらに積極的に募集していますので、ご協力よろしくお願い致します。







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